ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2498, 無くてはならぬもの −6
長年かけた知識構築の結果といえば、それまでだが。
人間洞察を旅を通して語っているから尚のこと解りやすい。
人生は旅であるからだ。
今回借りてきた、「思索紀行」−ぼくはこんな旅をしてきた
の序論のなかの「旅と人間について」の次の文章でもいえる。
ーすべての人の現在は、結局、その人の過去の経験の集大成としてある。
その人が過去に読んだり、見たり、聞いたりして、考え、感じたすべてのこと、
誰かと交わして印象深い会話のすべて、心のなかで自問自答したことのすべてが、
その人の最も本質的な現存在を構成する。
考えた末に、あるいは深い考えなしにしたすべての行動、
その行動から得られた結末に対して反省や省察を加えたすべて、
あるいは獲得されたさまざまの反射反応が、その人の行動パターンを作っていく。
人間存在をこのようなものと捉えるとき、その人のすべての形成要因として
旅の持つ意味の大きさがわかるだろう。
日常に支配された、パターン化された行動の繰り返しからは、
新しいものは何も生まれては来ない。
知性も感性も眠り込むだけだろう。意欲行動も生まれては来ない。
人間の脳は、知情意のすべてにわたって、ルーチン化されたものは
いっさい意識の上にのぼらせないで処理できるようになっている。
そして、そのように処理されたものは、記憶にもされないようになっている。
意識の上にのぼり記憶されるのは、新奇さの要素があるものだけなのだ。
旅は日常性からの脱却そのものだから、その過程で得られたすべてが
新奇の要素を持ち、記憶されると同時に、その人の個性と知情意の
システムにユニークな刻印を刻んでいく。
旅で経験するすべてのことがその人を変えていく。その人を作りかえていく。
旅の前と後では、その人は同じ人であり得ない。
旅の意味をもう少し拡張して、人の日常生活ですら無数の小さな旅の集積と
とらえるなら、人は無数の旅の、あるいは「大きな旅の無数な構成要素」がもたらす
小さな変化の集積体として常住不断の変化をとげつつある存在といってよい。
ーー
以上であるが、人間と旅の本質をズバリ言い当てている。
旅行に行って帰ってくると、それまでの自分とは別人になったような感覚になる。
行った先の自然や文明文化から受けた感動によるものだ。
旅行で感動した幾つかが、自分の人生の魂の奥に沈んで、人生の大きな骨格になっている。
そして、一回行った旅行は、それぞれが今も現実的に続いている。
TVや書物で、その後も多くの疑似体験ができるからだ。
何処かしら週に2〜3回は情報媒体を通して、その続きの経験をしている。
この随想日記も、過去の出来事、考えたこと、経験の集積ぶつを拾い上げ
書き出している。汲んでも汲んでも尽きることなく出てくる。
・・・・・・・・・
2004年02月05日(木)
1037, 「わたしは悪い不動産屋」
読書日記−1
本屋で何回も立ち読みをしていたが、ついに買ってしまった。
知り尽くしている私が読んでも、面白いのだから素人は是非読むことを勧めます。
こと不動産業界に関しては、一般の素人は非常に用心すべき世界である。
最近よく目にするマンションでAP?とかいうマンションがあるが、
知る人ぞ知る危ない典型の??である。
建設業界やマンション業界すべてを、素人なら危ない世界と認識しておくべきだ。
内装の一枚内側の設備などは、どうなっているか解らない。
会社は何処も火の車、何時潰れたもおかしくないのが内情である。
彼等はどこで手を抜くか、目に見えない配管とかの隠れたところしかない。
その結果は、買って10年〜20年経ってから欠陥として出てくるから始末が悪い。
間違いなく10年〜15年で五分の一以下に確実になるのに、20〜30年ローンで
買わされている。無知そのものが罪だというが、露骨に自分に帰ってくる世界である。
マンションを10年前に買った人のいまの相場を聞いてみればよい。
殆どが5分の1以下である。
ファッションの服やバックは、一年経てば五分の一である。
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02月05日(火)
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