ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2418, よく生きる −3
しかしその関わるということが、やはり世界を否定するという仕方でしか
あり得ないのである。関わりたいが関われないという、若者たちの矛盾した
ありようは、自我という矛盾した存在のありようを、そのまま示している。
自我と世界とを対立するものと捉えるのは、近代の特有の世界観である。
この世界観で、自然科学は進歩を遂げたが、もともと目には見えない捉えがたい
自己、こちらの側を探索する作業は怠られたようである。
自分を自我として、自我をこの肉体とすることで、人は納得しようとしたが、
納得できない綻びが、彼方此方に生じてきている。
バイー♪(^_^)/~~
・・・・・・・
2005年11月17日(木)
1689, 今日という日は誰もが素人だ!
「今日という日は誰もが素人だ!」
三浦綾子の本にあった言葉だ。つくづく良い言葉と思う。
~~■P_o(δ-δo) COFFEE
誰も今日という日は初めてで、何に出会うかもしれない日である。
その気持ちを忘れてしまうから、素人の持っている新鮮さを失ってしまう。
茶道に『一期一会』という言葉がある。
その言葉の真髄に ヽ(δ◇δ)ノ エーーー!
「今日(今)という日(瞬間)は二度とない、
誰も初めての経験であり、最後の経験になる」がある。
それを意識をすれば、全ての出来事に「驚き」が出てくるはずである。
生きるということは驚きであり、感動であり、感激である。
その気持ちは、素人だからこそ生まれてくる。
Σ(δOδ*)ハッ
今日という日は、昨日までの自分の積み重ねがあったからこそ
存在することも事実である。 今日という日に素人になるには、
昨日の玄人であるほど良いのも事実である。
(*δ-δ)ノ彡☆゜・。・゜☆ バイバイ
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2004年11月17日(水)
1324, ライオンの柵内に男が侵入
10日ほど前のTvのワイド・ショーの衝撃映像が面白い。
台湾の動物園のライオンの柵内に、男が入り込んでいる映像が流れた。
思わず息を止めて見入ってしまった。
寝ていたペアの雄ライオンが立ち上がリ、その男に突進していった。
そして、男の腕にかぶりついたが、あくまでも威嚇をしているようだった。
その男は恐れる風でもなく、振りほどくと後ずさりをして岩の上に上がった。
次に、ライオンは前足で男の体に数回爪を立ててパンチのような攻撃をした。
それを三回ほどした後に、攻撃を止めてしまった。
相手に敵意がないと思ったのか、これ以上攻撃をするとマズイと本能的に思ったのか。
ライオンのみぞ知るである。 元にいた場所に戻って、全く無視をして寝てしまった。
その後の映像では、かぶりつかれた腕や、体全体に咬み傷や引っ掻き傷が
アチコチ映し出されていた。しかし命に別状はなかった。
みている方も、思わず悲鳴を上げそうな緊迫をした内容であった。
Tvでは、餌を食べた直後であったのが幸いをしたといっていた。
私の解釈を加えると、
・この男が後ろ向きにならなかったことと、
・恐怖心がなかったこと、
・動物園の野生を失っている飼育ライオンであり、
人間の中で育ったため、自分のテリトリーの中に入っても、
それほどの怒りではなかったのだろう。
その男は、キリスト教の狂信的な信者で、
その愛を確かめる為に自分の身をかけて、実験をしたという。
動物的な、躊躇する何かが体全体から出ていたのだろう。
キリストの愛は、ライオンにも通じたということか。
そういえば、中村天風の話しを思い出した。
「サーカスのライオンの檻に入ったが、気合いでライオンが襲ってこなかった」という。
これも考えてみたら、飼育と訓練が入っていて攻撃しないように躾けられていた
ライオンにすぎなかっただけだ。
・・・・・・・
2003年11月17日(月)
957, ナレッジマネジメント −1
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