ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2412, 暴対法について
何となく嫌われていた妻子から、ウィーンで大喧嘩をして・・・
そして徹底して嫌われるようになった。
冒頭の「はじめに」から、すざましい内容になっている。
ー「思えば、母は父を嫌って死の直前の40年間、彼に罵倒に近い言葉を
浴びせつづけていた。その同じほとんど言葉を、今や妻の口から出てくる。
そして、私もまた父を死ぬまで嫌っていた。いや、死んでからもなお嫌っている。
息子が、また私をはっきり嫌っている。 これは一体何なのだ!
私はみずから生きていくために「嫌い」を研究するしかないと悟った。
つまり、私は自分を納得させるために本書を書いたのです」
本書で私がつかんだことは、それは「嫌い」という感情は自然であること、
そして理不尽であること、しかもこの理不尽こそが人生であり、
それを誤魔化してはならないということです。
−
この本の初めから終わりまで、このような文章が延々と続く。
自分の心を代弁し、そして深く納得する。
だから面白くて面白くて一人不気味な笑いを浮かべながら、
中島義道の世界に引き込まれてしまう自分をみてしまう。
嫌うということは、食欲や性欲のようなもの。
その自然の欲求を、社会に生きているということで割り切って
コントロールすればよいと切って捨てている。
自他に対する嫌いをヒリヒリするほど感じることも時に必要であると。
私事になるが、私もこのことをジックリ考えたことが多々ある。
それも20歳の頃から。 そして、割り切ってしまった。
「嫌われることも、嫌うことも避けて通れないなら気にしないことだ。
受けとめかたとして、好き嫌いを二の次にする。
他人の思惑も大事だが、自分の受けとめ方のほうがもっと大事。
人は何時も自分がどう思われているか気にしている、それはそれでよい!
そんな感情など情念のひとつでしかない」と。
あと27歳の時、自分で事業を立ち上げた時も、割り切る機会になった。
「一神教」のキリスト教やユダヤ教の信者は、内面に共通の価値観がある。
しかし、多神教の日本人は如何しても周りの顔色をみるしかない。
自分のなかに絶対という信念を持てないからである。だから、嫌われることが恐ろしくなる。
人間関係に悩み傷ついている人は、この本を読めば大きく癒されるはずだ。
この男を見ろ、憎悪を持つ前に、嫌いを訓練すればよいと納得するだろう。
そういえば、歳を重ねるほど憎悪など持たなくなる。
気持ちの処し方が出来てしまったのだろう。
憎悪する前に、気持ちの中で抹殺してしまうから?
・・・・・・・・
2004年11月10日(水)
1317, ベスト・エッセイ集−1
’03年度版ベスト・エッセイ集「うらやましい人」がなかなか面白い。
何冊か図書館で借りてきた本の一冊で、殆んど読まないで返そうとした本である。
この地震で図書館が閉館していた為に返しそこねて手元にあった。
何となく新幹線の中で目を通したところ、それぞれが面白い。
そこで、後書きをよく読むと、毎年、日本エッセイスト・クラブと日本文藝家協会が、
前年の日本の雑誌に掲載された膨大な数のエッセイのなかから、
それぞれ「ベストエッセイ」を選び、単行本化しているものであった。
エッセイ好きを大いに楽しませている本で、20年間も毎年刊行されているとか。
なるほど、面白く味わい深いのは当然である。
もっと早く知っていれば、必ず毎年ごとに購入したと思わせる内容である。
作家のみならず、多くの分野の専門家や素人の作品まで掲載してあって
ミックス感覚で飽きないのも良い。
著名な作家や経営者や政治家が並び、文章のプロとしての充実感や
多くの分野の深い内容が書いてあったで読み応えがある。
このベスト・エッセイ集のおもしろさは、エッセイという切り口から、
色いろな人の心が浮き上がってくることだ。 まとまった作品群を読んでいると、
それぞれの世界が、それぞれの内側からわかってくるような錯覚に陥ってしまう。
この本に掲載された文のなかから、たびたび国語の入試問題が
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11月10日(土)
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