ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2337, 郵便配達夫シュバルの理想宮 −1
その近くにあった地下都市・カイマルクも異教徒からの目から逃れる為の秘密地下都市群。
あちこちに蟻の巣穴のように縦横に掘られており、地下のマンションと形容できた。
一万人以上が何世紀にわたり隠れ住んでいたという、信仰の深淵さをみた思いであった。
そして、その帰りのバスの中より夕景の“大きな 丸い真赤の月光”も
生まれて始めてみる生涯忘れられない光景であった。
イスタンブールの地下宮殿と呼ばれている
地下水道の貯水池“イエレバタン・サライ”も非常に印象的なものであった。
十二列×八mの列柱が三百三十六本整然と並んでおり、その一本の柱の下に
神話に出てくる女神、メンドーサの石首が土台になっているのが神秘的だ。
バック・グランド・ミュージックにベートーヴェンの第九が厳かに流されていたが、
その場の雰囲気にぴったりであった。
トプカプ宮殿では、かのオスマントルコ帝国が、
何世紀にわたって世界中より集めた秘宝がところ狭しく展示してあった。
リンゴ大の四十数カラットのダイヤモンドや純金の椅子には驚いた。
宮殿もその絢爛たる宮廷生活をしのばせ、
四〇〇年間のスルタン(皇帝)の日々が目に浮かぶようだ。
また、イスラム寺院のブルーモスクやアヤソフィアも、
その荘厳な内部も圧倒された。私自身、気功をやっている為か、
右手がいたくなるほど、しびれがきたのには驚いた。
これだけの深い歴史の国に四日間だけで、ほんの一部しか触れる事はできなかったが、
この国の“光”の一部はしっかり見たつもりである。
最後に行った巨大市場、スークも面白かった。
五千の貴金属、みやげ物を売っているが、ほとんど偽物の金銀の貴金属商品という。
そういう目でみると逆に面白いものばかりであった。
殺人的なスケジュールの十日間の旅であったが、
中味の濃い感動・感動そして感激の日々であった。(H 8年.1月30日〜2月8日)
H0807 インカ帝国<夢の旅> ーマチュピチュの遺跡編
ペルーはインカ帝国がスペインに滅ぼされるまで文字が一切ないという
不思議な文明の国であった。その為かプレインカ(インカ帝国以前の文明)と、
インカ帝国がより神秘的にナゾめいて来る。その圧巻がマチュピチュの遺跡である。
高度三千三百mのインカの首都であったクスコよりバス、登山列車、登山バスを
乗り継いで四時間あまりの行程。
四千〜五千mの山々の谷間に、突然小さな(といっても二千三百m)山が見えてきた。
そこに空中都市といわれるマチュピチュの遺跡が、
霊界のように造られていた。まさに地上世界ではなく「あの世」を思わせる
神秘的、霊的、宇宙的な別世界である。
エジプトのカルナック神殿をみた時の驚き!と同じか、
それ以上の驚嘆に一瞬につつまれてしまった。
あれだけTVドキュメントと写真でみていたのに、“現実にみると全く違う!”
神秘的あまりにも神秘的、いや霊的神性という言葉が、ぴったりとする!
本当に地球は広いそして深い!とあらためて実感した。
この空中都市は、インカの人々がスペイン人より逃れる為と
復習の為の作戦都市といわれている。
そして突然、この都市を焼き払い奥地へと消えていき、
まだ発見されてない地に伝説のそして幻のビルカバンバの都市を建設したという。
マチュピチュを去る決意をした人々は老人と“太陽の処女”たちを殺し、
その一角の墓地に葬った。この遺体がこの遺跡が発見された時に一緒に発見されたという。
私もこれだけの異界文明の“すごみ”を経験するのは生涯で初めてであった。
まさにSF小説の地を夢で浮遊しているようであった。
H0807インカ帝国<夢の旅> −ナスカの地上絵編ー
AC百〜六百年の昔、海岸から三百八十kmの乾燥地帯に一つの文化が栄えていた。
謎の地上絵で知られるナスカ文化である。
彼等は何を思ってか九百kuにわたる広大な大平原に直接、
三角形の図形と線の動物、虫、植物、宇宙人(?)の絵を描いた。
(その絵と同じものが当時の土器に描かれているので、
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08月27日(月)
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