ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2316, 日本の原発依存度って、どうなっている?
豊かさを満喫してきたわれわれに課せられた責任である。

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 客観的にみて、日本はきわめて豊かである。社会は安定しており、治安状態も良い。
国内総生産は、世界第三位のドイツを大きく引き離し、一人当たりの国内総生産は事実上
世界最高に近い。上昇したとはいっても、失業率は5%台でヨーロッパの半分程度にすぎない。
国民は豊かさを満喫している。
この豊かさを維持しようと、長年にわたり国家財政に無理を強い、
目先の繁栄を続けてきたというのが真実であろう。それでもまだまだ体力は残っている。
内輪に見積もっても、10年間は問題なく過ごすことができると考えられる。

 わが国の経済力がこのまま低下し続けると、やがては限界を迎えると思われる
かもしれないが、実際にはそれが限界とはならない。
目の前に迫った危機を回避することに努力を向けていれば、これまでの豊かな
経済情勢はかなりのあいだ続くであろう。

 だが、この間に経済の体質はますます悪くなり、やがて最終的な限界が現れる。
それは何をきっかけにするかは分からないが、多分日本経済の強大さが単なる
幻想にすぎないことが、世界の人々に知られた時に一挙に起こる可能性がある。
 その後は、一気呵成に経済水準が下がっていき、異常な事態へと突き進む。

 戦後半世紀以上にわたってわが国は平和を謳歌してきた。世界中の多くの国が
戦乱に巻き込まれていたこの間、わが国は直接戦火に見舞われることもなく、
幸運にも経済に勢力を集中することができた。
冷戦のおかげで、日本はアメリカの同盟国として経済復興を遂げることができ、
そしていつのまにか自分の国を守らねばならないという意識がなくなってしまった。
そのようなことを意識せずとも、国は繁栄し、われわれ国民の生活は豊かに
なっていった。いまのままでよいと考える国民は多いに違いない。

 しかしその背景には、国が国民のために犠牲になってきた。
それは一時的には可能でも、いつまでも続けられることではない。
  (字数の関係上、あとの文章は「引き出し」の読書日記のコーナーに
   貼り付けてあります。)
 
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2004年08月06日(金)
1221, 運について−2

何回か「運について」(後にコピーしてある)を書いてきたが、再び書いてみる。
運にも二種類ある。 受身の運と、積極的に自分からつかみとる運である。

・受身の運は、「結果として何時も運がついている運」
性格とか、親の愛情が本人に染み付いているとか、宗教的な環境の中で
育っていて良い結果をもたらす運である。
ー性格の明るく良い人。良家の子女(躾がゆきとどいている人)。

・積極的な運は、「何事にもポイントがある、それを見逃さないよう努力を
する。意志こそ運の原動力、原因」という運である。

ここで取りあげる運は、両者を重ねもつ運である。
両方が揃って初めて開ける運である。

私の周辺の女性に、美人で、性格が明るくて、一生懸命に生きているが、
そのわりには、状況が不幸せの人が何人もいる。
やっと幸せを手に入れたと思ったら、すぐに不幸のどん底に落ちてしまう。
よく見ていると、両親が不仲だったり等、色いろの理由がハッキリみえる。
「ある程度耐える」という家系からくる知識・体質を持ってない。

「ありがとう」を繰り返し言いつづけることは、耐えることの呪文である。
運が上向く以前に、耐えることが出来ない習慣を変える作用がある。

いま一つ、言葉の重要性を知らない。
「自分は、ついている(運がある)」と、毎日こころの底から思っていれば、
そして、「ついている」と現に言葉に出していれば、ツキが回ってくるに。

「俺はついてない」「どうしようもない」「世の中が悪い」
「あいつのせいで、こうなった。あの畜生め」と、あけてもさめても
唱えていれば、不運しかこないのは当然である。
もし幸運がきても、それが見えなくなってしまっている。。
世の中の八割そうだから、それで良いのかもしれないが。

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08月06日(月)
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