ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2246, 愚痴
3、もともと気の通りが悪くとも、心がオープンな人。
こういう人は、2~3回と通ううちに効いてきます。
4、もともと気の通りが悪くて、心の閉じている人。
こういう人は殆んど何の反応もありません。
5、どうして治ったか、本人も私も医者も全く解らないケース。
これにも二つあり
物理的にも、医学的にも、殆んど無理だと思われても奇跡的に治る場合と、
体が反応して、気の流れがスムースにいくが、直らないケースがある。
ーー
五木
浄土教の初期の教えに、観念念仏といって、頭の中で、阿弥陀如来の光を浴びて、
満ち足りた気持ちで浄土にいることを想像する行法があるのですが、
そのように自分でイメージをする。凝り固まった細胞一つひとつに
「気」が風のように、ザーッとなびきながら、きらきら光りながら、体のなかで
喜びの歌を歌っているんだ・・・・と思うんです。
望月
そうイメージすると、かならずそうなりますから。
つづく
・・・・・・・・・
2004年05月28日(金)
1151, 「老い」を考えてみる
誰しも老いるのは嫌であるが、それは「長生きをしたからであり、
そうプラスに考えれば、老いもそう悪いものではないのではないか」と考えてきた。
老いは誰もが通らなくてはならない道である。
人生とは、徳川家康でないが重荷を背負った山登りに似ている。
登るほど息切れする。しかし視野は広くなることも事実である。
身体の老いより、心の老いが怖ろしいのが老齢期の大問題である。
「青春は失策、壮年は苦闘、老年は悔恨」というが、それを乗りこえた
精神の自由を維持することが、大事ではないだろうか。
若いときには、われわれは愛するために生きるが、年を重ねるとともに、
生きるために愛することが必要になってくる。
過去を振り返って、その重さに耐えきれなくなる時、
愛と感謝で包み込まなくてはならなくなるからだ。
身近の色いろの人をみると、
「若い生活をしている者は若いが、老いた生活をしている人は老いている」
というのが解る。 何があっても、精神は常に若く保たなくてはならない。
人は老年を恐れるが、そこまで到達するかどうか解らないのに気楽なものである。
人生は飛び立つ時より着地が難しいのは、飛行機と同じようなものだ。
とくに商売や事業をしているものにとって、最後は切実な問題になる。
そこでいかにソフトランデングするかが問題になる。
「60過ぎのことを、それまで全て先取りをしてしまえ」
と思って生きてきたことが、今になって本当に良かった思い始めている。
気力、体力、金力のバランスが崩れてきて、どうしても計画どおり行かなくなる。
色々な問題が弱いところに出てくる。
それなら、無理をしても60前にした方がよいと自覚していた。
義兄がしっかり60過ぎの準備をしていて、ルンルン気分でいたが、
60歳直後に亡くなってしまった。 思った通りにいかないのが人生である。
初めから、人生の余白を埋めるのも大事ということを教えてもらった。
いずれにしても、一日一日前向きに精一杯生きていけばよいのだろうが。
以前、20歳上の従姉が、自分の90歳でなくなった母親のことを回顧して
『母は50,60,70,80歳の峠を越えていった凄さが解るようになってきた』
と言っていたのが印象的である。
老いに関しては現在読み続けている藤沢周平の小説の隠れたテーマの一つだ。
彼は主人公を通して老いいく人生の切なさや、最後の光り方を切々と書いている。
もう目の前に、一つの峠が見えてきた。
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2003年05月28日(水)
784, 芸術家と芸人
5~6年前に、「異種業の会ー旅行に出てみないかい?」と誘われて、
面白そうなので参加した。大学教授、大手代理店の課長、芸術家数人、二代目等、
個性的な人の集まりであった。
一回目が九州と大阪。二回めが盛岡と札幌・函館の視察であった。
県からの補助金で食事を含めて全て無料であった。
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05月28日(月)
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