ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2229, 人生張っています −2
「もし僕が、他の人たちと同じように身勝手であったならば、どんなに繁栄し、
どんなに大きな名誉を手に入れたことか。
僕の人生が思い通りに行かないのは僕が善良すぎたからだ」
人生の敗北者とは、人間の本質を宇宙の善性に対する信頼を完全に失っている人たちです。
彼らは、他人を見るときは悪いものを見るための目しかもちません。
いっぽう、彼らが自分のなかに見るのは、苦悩する清らかさのみです。
彼らは、自分のなかで悪いものを見る意思は全くありません。
彼らにとって、悪いのは常に他人なのです。
彼らの心の中で、卑劣な悪魔を人生の統治者の地位に祭りあげ、
外側の世界でくり広げられている「身勝手な奪い合い」にばかり目が奪われています。
その世界では、善はつねに押しつぶされて、悪ばかりが勝利を収めているのです。
彼らは、彼ら自身のおろかな行為や無知、弱さなどには全く目を向けません。
その運命を決定付けている不正義のみです。
このような、心の誤った性癖を、根こそぎ、捨て去ってしまうように
努めなくてはなりません。
彼らこそ、不誠実さや、身勝手こそが、成功する為の最高の武器と信じているのです。
「悪のほうが善よりパワフルであり、悪人の方が、
より素晴らしい人生を歩むことができる」
などと信じているのです。
そういう人間こそ、悪の要素と関わり続けているのです。
多くの人たちが悪、無秩序、不正義を見ている場所で、善、秩序、正義を
見ることができません。
つづく
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2004年05月11日(火)
1134, 「空間歩行」
・学生時代、「合気道」に二年間近く熱くなったことがあった。
住んでいたところが合気道の本部に近かったこともあり、本部に一年通った。
創業者の植芝盛平の姿も何度か道場で見たことがあった。
合気道でも柔道でも、基本は受身である。
転びかたや受身を徹底的に教えられる。
「転びかたは、起きることを意味する」のだ。
ボクシングも、殴り方よりまず防御などの受け方を叩きこまれる。
負け方ということを知らないと、恐れが先立ってしまう。
戦前の日本の姿がそれであった。負けは勝ちの背後になくてはならないのだ。
武蔵は自分の弱さ限界をしっていた、勝つことより負けないことを考えて
戦略をたてて闘った。勝負師はそれを知っている。
話は変わるが、柔道の三船十段の「空間歩行」というのが意味深である。
ー土や畳の上を歩くから倒される。ならば、土や畳の上を足で歩かず、腰で歩けばよい。
重心が腰にあるから、足で払われても倒れない。相手の足と自分の腰が同じところに
意識があるから当然倒れないのである。 つまり、「空間歩行」である。
ー物理的な空間でなく意識的な空間をいっている。
ここから更に、相手の倒し方に話になるが、内容が濃くなる。
「私は足で歩かないから、体を持ち上げられて足が地から離れても、どうされても、
腰が体を支配しているから何ともない。つまり倒れるということは頭が下がるという
ことです。だから相手を倒すにも、地面へ投げることばかり考えないで、上へあげる。
その結果は落ちる・倒れるということになるのです」
ー相手を倒そうとするのではなく、自分の腰と相手の足と同位置まで相手の重心を
上げておいて、その次に落とすと相手が倒れる。ここまで考えるのに、一日かかったが。
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2003年05月11日(日)
767, 不動産屋と喩え
不動産屋は情報産業そのものである。
暴力団も情報産業の典型と聞いたことがある。
強請りのネタを見てけて陰湿に脅しをかける裏情報産業とか、
このテーマとは関係ないが。
財産の大きい部分を占める不動産の移動を手伝いをするサービス業であり、
住居の貸して借り手を紹介するサービス業でもある。
この不動産業業者に特性がそれぞれある。
野球のバッターに喩えると解りやすい。
ホームランバッタ−、ヒットバッター、バンドバッター、ピンチヒッターとか
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05月11日(金)
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