ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1991, 仲人・高橋与三八氏を偲ぶ
クレーマーの極限状態のアパートに、3歳と4歳の男の子が入り込んでくれば
地獄絵の世界になるのは当然だ。その上、家賃と光熱費も全部払っていた上に、
よい部屋もあてがっていたという。本人にとって悪魔が家にやってきたのだろう。
その矛先は、全て転がり込んできた二人の子供の所に集中していって不思議でない。

暴力を振るっていたのは果たして、その父親だけだろうか?
これ以上のことは推測では書けないが。

何処でも起きていそうな悲劇である。
本当に気の毒なのは二人の子供である。
といって、その父親だけを責めることができるだろうか。
自分が、その父親の役・割りになっていたら、同じ事をした可能性がある。
もっとも、そんな馬鹿な役につかないが。

殺された子供の父親も然りである。
他に、頼っていく所が無かったので、虐待をされているのが解っていても
見て見ぬふりをせざるを得なかった。

この世の不条理を絵に描いたような事件である。
元暴走族の無知と垂れあいが招いた惨劇だ。

亡くなった二人の母親の気持ちは?
似たような仲間だったのだろうが。
暴走族の群れは、このような甘さが常にバカの壁として囲んでいる。

哀れな自分が見えないのだ。

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 2003年09月15日(月)
894, 「バカの壁」読書日記ー2

「バカの壁」を常に感じ取っている。
過去を振り返ってみれば、よくわかるはずである。
子供に遡るほど小さな視界の世界ー壁が立ち塞がっている。
その壁を一つずつ乗り越えるのが、人生でもあり成長である。
学生時代、ある友人に「大爺」といわれたことがある。
「地方の固定観念の塊」と「両親からの価値観の殻」を感じ取って
批判したのだ。
学生時代の一番の収穫は、この壁‐殻を可能な限り叩きこわしたことである。
そのためか、地方にいると全く価値観が合いあわない。

 壁は乗り越えれば乗り越えるほど、多くの壁が立ち塞がってくる。
「バカの壁に気がついてくる」といってもよい。
メジャーにはメジャーの壁、マイナーにはマイナーの壁がそれぞれある。
この随想日記も、バカの壁の提示でもある。

 自分の壁を認識するのに、
過去の喜怒哀楽の極みを内省してみるのがよい。
一番、喜んだこと、怒ったこと、悲しかったこと、楽しかったことを
書き出してみることだ。それと好きなことや人、嫌いなことや人を
考えてみることだ。
感動・感激・感謝の極みもそうだ。
それが、その人の限界であり、プラスの意味の壁である。
その壁の上に立って、その向こう側を眺めると、自分が何をすべきかが
見えてくる。バカの壁を一番乗り越えるヒントが見えてくる。

私のバカの壁を乗り越える方法を幾つか書いてみる

ー新しい習慣をプラスしていくことである。
・ウオーキング
・お経ー般若心経
・読書
・本屋と図書館通い
・パソコンー随想日記
・頭の固い人との接触を避ける
・常に新しいこと現象に興味をもつ
・意識して感激・感動の場面に近づく
・秘境旅行に行き続ける

等々を時間をかけて習慣化していくことだ。
チャレンジ・コンペテション・チェンジの繰り返しのサイクルを
維持すること、中村天風のいう「積極一貫」である。
バカほど、こういう本は読まないものだが!
バカとは頭の固い人ーバカの壁がびっしり囲んでいる人のことだ。
  そう貴方、いや自分のことだ。


ーこの本の感想を書いてみると

「内容を理解もせずに、うわべだけを見ただけで知っただけで、
わかっているという思いこんでしまう恐ろしさ」を提示している。
「知識と常識」「科学的事実と科学的推論」「意識と無意識」「脳と身体」「都会と田舎」
等々は違うとして「二元、論」の考え方で主張している。
現代世界の三分の二が「一元論」者の中で限界がきているとしている。

「ものごとには良い面と悪い面があるということを認識しよう。それには実際に

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09月15日(金)
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