ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1986, 事業百訓・・・J
この結び目がしっかりしている限り、宇宙からの無限のエネルギ−が
注ぎこまれ弱気になることはない。
496 我々は単数の生を生きずに、複数の借りものの生を生きている。
それに気づいて“しまった”と思った時にはもう遅い。−高橋 義孝−
497 “自分がいいと思うように真面目にやって、お客がアクビをして
帰ったら仕方がない。 家へ帰ってカミサンの前で一席やってごらん。
カミサンも聞いてくれなければロウソクの前でやってごらん”
と教えたそうだ。
信じた通りやり、お客の喝采を気にするなという円朝の信念のあらわれだ。
H0905
魂が万代橋の上を彷った話
第2新館の役所の検査の直前の話である。
担当の設計士が顔をひきつらせ青い顔をして言うには、
“今回の検査はパスしない!...”
一瞬耳を疑ったが、次の瞬間頭の中は真っ白、
地獄の底へつきおとされた思いであった。
“それが本当であれば、あの建物は単なるゴミの山、
そして私は?、会社は?...”パニック状態である。
それも夕方の飲み会の直前である。
まあ明日の話として、頭も冷やすという事も含めて、
そして焼け酒という事で浴びるほど飲んだ。
その夜は満室という事で事務所の長椅子に仮眠した。
恐らくそこが不安定という事と、頭がパニック状態という事と、
酔いを含めて妙な夢になってしまった。
魂が身体より抜け出し、さっきまで飲んでいた古町より万代橋まで、
目線が5m位の高さでプカプカ浮遊しているのである。
“ああ自分は浮いている。それも魂が”という感覚であった。
そして目が覚めて!魂が浮いていたのはたしか夢か!
でもあの話は本当である!それも夢であってほしい!”
と念じた事を今でもはっきり覚えている。
その2〜3日後に設計士の思いこみでしかない事がはっきりしたが、
本当に長い氷つくような時間だった。
H0905
私を生かして下さい!
今朝、病院に日課どおり母の様子を見にいくと、
母が私の事を担当医と勘違いをしたらしく
“先生、私を生かして下さい!”と両手で拝まれた。
本能的な生への執着の言葉である。
何とも言えない気持ちになってしまうと同時に、
その言葉の重みに圧倒されてしまった。
死の間際にあっても、“生”への執着のことば、
そして死の不安を自覚している事実である。
“これでよい、いやこれだ!”
生きる事への執着こそ人生で一番大事の事と思い知らされた。
それにしても、あの担当の若い医師には呆れる思いだ。
人間の生き死にを扱っているのに何もわかってない!
目の前の病気をなおそうとして母体そのもののことを考えていない!。
薬は反面、毒である事を!。
これが今の医療の大問題の一面なのだろう。
彼等は技術者であって医師・医者ではない。
それが若いから許されていいのだろうか?。
自分は判ったつもりでいるから始末が悪い!。
これから何年もの経験を重ねるうち今の誤りを気づくのだろうか?
H0905
瀬戸物の叩き売り!
今では大手チェ−ンストアになったJ社に勤めて半年後、
四日市より神戸の垂水に転勤になった。
当時の流通業では珍しい学卒を試し、揶渝の為に“瀬戸物の叩き売り”を
させられた。店頭に瀬戸物の問屋が半端の不良在庫を持ち込む。
それを店側のすきな売価で売り、総売上の八割が仕入原価、
二割が粗利益となるのだ。
いくら安く売っても痛くも辛くもないが総売上が上がらない。
高くすれば売れない、相手との呼吸でぎりぎり高く売るかがポイントだ。
お客にとっては、その逆である。その掛け合いが面白い。
それもギャラリ−が一緒になって楽しむのだ。
店の開店より閉店までいたギャラリ−もいた。
それ位面白い。商売の原点を身体で覚えさせてもらった。
でもあのフ−テンの寅さんそのものである事も間違いない。
反物をはかる竹尺に新聞紙を紐でまきあげ、腕まくり、
頭には手拭いをまきあげ、まさにテキ屋スタイルである。
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09月10日(日)
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