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堀井On-Line
by horii86
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■1930, 二つ目のブログ
「第九」は、第1楽章から第3楽章まで、あの「歓喜の歌」の旋律が断片的に現れては消え、
最終楽章に向かって苦悩し続ける。
そしてついに「おお、友よ。この調べではない」と、最終楽章でこれまでを否定する。
それは、これまでを全否定しているわけではない。
実は、現れそうになっては消えたあの調べ、あの旋律こそが主題の「歓喜」であり、
今までの苦労の中に「歓喜」はあったのだと劇的に展開していく。

 ーベートーベンの言葉がよい

「良くかつ高貴に行動する人間は、その事実によってだけでも不幸に耐えることができる」
「苦悩を突き抜け歓喜に至れ」
「私は善良よりほかに卓越性のあかしを認めない」
「諸君、喝采したまえ。喜劇は終わった」
            (ベートーベン最後のことば)
「苦難の時に動揺しないこと。これは真に賞賛すべき卓越した人物の証拠である」

ロマン・ローランは、彼の音楽と言葉から苦痛と、それをのりこえた魂の偉大さを
感じとる。そしてその生き方と彼の理想主義がマッチしているのがこの本であった。
「良くかつ高貴に行動する人間は、その事実によってだけでも不幸に耐えることができる」
「苦悩を突き抜け歓喜に至れ」は、
私の20代の心の芯になっていた言葉であった。

ロマン・ローランは、他にも多くの格言を残している。
ー彼の言葉を抜粋するとー

・愛はそれが自己犠牲であるときのほかは、愛の名に値しない。
              ―「トルストイの生涯」―

・真理への愛のみが、我々を決して裏切ることのない唯一の愛だ。
              ―「愛と死の戯れ」―

・三つの大きな性的異常のうち、
第一のもの《自愛》は、個人にもっとも害を及ぼす。
第二のもの《同性愛》は、人類種族にもっとも害を及ぼす。
第三のもの《近親同士の愛》は、社会にもっとも害を及ぼす。
              ―「回想録」―

・諸種の主義のあいだの闘争がなんだというのか。
 唯物論、唯心論、社会主義、共産主義といったところで、
  それはどれも繋いだ犬の首輪なのだ。
              ―「魅せられたる魂」―
  
・理想主義のない現実主義は無意味である。 
 現実主義のない理想主義は無血液である。
              ―「先駆者たち」―

・英雄とは自分のできることをした人である。ところが、
 凡人はそのできることをしないで、できもしないことを望んでばかりいる。
              ―「魅せられたる魂」―

・男性は作品を創る。しかし女性は男性を創る。
              ―「ジャン=クリストフ」―

・まさしく音楽こそ、精神の生活を感覚の生活へと媒介してくれるものです。
              ―「ゲーテとベートーヴェン」―

・大半の聴衆が興味を抱くのは、音楽ではなく音楽家である。
              ―「ジャン=クリストフ」―

・多くの者は、自分達の階級を軽蔑するふりをしながら、
 自分達の階級から頭角を現わす機会を狙ってばかりいる。
              ―「ジャン=クリストフ」―

・自己放棄は偽善である。
              ―「ジャン=クリストフ」―

・個人の権利は、国家の権利がなければ無為に等しい。
 
・恋は決闘です。右を見たり、左を見たりしていたら敗北です
             ―「魅せられたる魂」―

・幸福は世界のリズムの一瞬間であり、生の振子が往来する両極の一つである。
 その振子を止めるには、それを破壊するほかないであろう。
             ―「ジャン=クリストフ」―

・誰でも幸福について語るが、それを知っているものは少ない。
             ―「断片」―

・《自然》は感傷主義には頓着しない。
 《自然》は自己の目的を達するには、人間の徳性をふみつけて通る。

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07月16日(日)
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