ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1920, 浮かれる景気
それが悩みという具体的に落とし込むことになる。
そして、その対応として思考と行動が生まれるきっかけになる。
そういえば、10代、20代の頃は、不安が常につきまとって、
それがエネルギーになっていた。
つづく
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「不安を生きる 」
筑摩書房
・島田 裕巳【著】
私たちの社会には今、漠然とした不安が広がっている。
将来の変化を見通せず、未来への希望が持てない。
会社もアテにできず、心底頼れる人も見当たらない。
そんな思いを抱く人が増えている。
こうした事態は、都市化が進展し、かつて私たちを支えていたムラ的な
共同体が衰弱してしまったことと無縁ではない。
しかし、便利な生活を手に入れ、自由を享受する私たちは、
もう後戻りすることはできない。
不安とどう向き合い、どう生きればいいのか。
この問いを多角的に追究した本書は、
現代社会を生きる私たちにとって示唆に富む一冊である。
1 不安と悩み
2 体感不安の時代
3 不安をとらえる視点
4 不安をバネにする
5 仕事と不安
6 都市生活者の不安
7 不安を煽る「癒し」産業
8 「支え」としての共同体
9 自分の足場をつくる
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2004年07月06日(火)
1190, 大丈夫!−2
* 哲学について−13
ー不安の哲学ー キエルケゴール
「大丈夫!」を繰り返していうことで、漠然とした不安感が半減したと前に書いた。
これを読んでいて、もし鼻先で笑っている人がいたら、その人は表面的人生しか
生きてない人である!
不安感は大きい人ほど、それは自分に目覚め、自由と可能性を考えているか、
生きているからだ。
大丈夫!を繰り返すことは、その毒消しに単純だが絶大の効果がある。
単純であるが、どうしてそこまで心理的の効果があるかを考えてみる。
人間の不安の90数lは、考えすぎの影でしかない。
ルーズベルト大統領が就任演説で言ったという、
「われわれが恐れるべきは『恐れ』そのものだけである」
人間は全て、恐れから派生する大きな影に脅えているのだ。
その意味で「大丈夫」を繰り返すこととは、90lの影を消す効果がある。
不安といえば、
哲学者のキエルケゴールが主題にしたテーマである。
彼が考えた「不安」は
「ああもなれる、こうもなれるという、いろいろな可能性を持っているからこそ、
不安が生まれる」と考えた。
そして「不安はたとえてみれば目眩のようなものである。
・・・・自由がいまや自身の可能性をのぞきこんだとき、めまいがおこるのである」
といっている。
若いときは、その意味で多くの自由と可能性があった。
その分だけ、大きい不安が自分を支配していた。
そして絶望感に陥っていた。
さまざまの可能性を持つからこそ、不安と絶望感があるのだ。
不安感が絶望へのプロセスを生むことになる。
不安から「絶対的な何か」が欠けているという絶望感に陥ってしまうのだ。
「どうしようもならないもんな〜」という言葉が出てきて、そして
お決まりの繰り返しの暗い気持を引き込んで絶望の世界に入っていくのだ。
これが、神の前に1人たたずむありかたであり、人間としての基本的な
姿としてとらえて「単独者」と呼んだのだ。
真の自分に至ることとは、神と触れ合うことである。
しかし、人間はさまざまな現世的価値観の中で生きている。
しかも、その価値観は全て有限なものである。
そして有限なるがゆえ不安に襲われ、神と自分との絶対的な距離を感じる。
それが絶望のきっかけとなるとキエルケゴールと考えた。
大丈夫という言葉は、ある意味で「神からの言葉」ともいえる。
「ありがとう」という言葉と同格の重要な意味の可能性を含んでいる。
キエルケゴールは、その不安と絶望からくる内面の大きな揺れを
(心の中の)「大地震」といっている。
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07月06日(木)
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