ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[397787hit]
■1775, おひとりさまー2
全く入らない人をみわけるのは意外と難しい。
一見聞いている風なのだが。
相手の意見をただ薄ら笑いして聞いているふりをしているからだ。
会話にも対話にもならない。その人の声(いや音)位にしか思ってない。
「相手は何を言おうとしているのか、それに対して自分の考えは如何か。
それを吸収して・・・」など全く考えられない。
20lいったが、もっと多いかもしれない。
以前はそうでなかったが、年とともに聞く耳を持たなくなった人がいる。
(自分もだが)読んでいて自分ではないかと思ったら、そう貴方のことだ!
まあそれはいいとして、自分もその傾向が強いと思ったら
聞き手側になる事を意識して日常の生活の中で訓練する事だ。
もっともそれすら聞けないだろう。
心を閉ざしているのとも少し違うのだ。
性格だろうか。そう本を読まないのだ!
読まないから、何故読まなければならないのかが解らない。
読んでいても、その言わんとする中心からずれたところしか理解できない。
まあこの位にしておこう、20lの人も見ている可能性がある。
いや見ていない!
聞く耳を持ってないのだから。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
2002年02月11日(月)
328,マ〜コ
−堀井正子に捧げる
マ〜コとは昨日亡くなった(4人いる姉の一番上の)
姉・正子の幼少年期に呼んでいたニックネームである。
彼女の話である。
ー供養も含めて書く。
「声楽家になりたかった」が口癖であった。
「家の犠牲になり、それを断念せざるを得なかった」とも。
プロのソプラノ歌手の「中沢桂」と高校の新潟県大会で負けたのが
人生の分かれ目になった。
兄がたてつづきに亡くなり家業の為(婿養子の)芳朗さんと結婚。
家族の間に立ち、気苦労をした一生だった。
長岡社会から一歩も出たことがなく、
その卑小性・特異性を全く自覚できないのが特性であった。
「城下町の特性」をそのまま価値観にして生きた。
性格は自己顕示の強い、自分を常に「ヒロインにしたて演じている
可愛い人」でもあった。
常に人に気を使い、その場を常にパフォーマンスで盛り上げる事に、
全神経を使っていた。
その面では母に似ていた。
「波乱万丈長岡版」の人生を充分に生きた。
独り芝居のパフォーマンスを会話だけでなく、人生で演じきった。
人に好かれ、彼女の居るところは常にオーラが輝いていた。
もって生まれた才能であろう。
後半ー40歳過ぎは事業で失敗。
それからは音楽の先生として、200人を越える弟子がいたとか。
好きなことを仕事にできたのが「彼女への神の贈り物」であった。
おそらく彼女のこと、あの世でも歌を歌い周囲を笑わせ、独り芝居を
演じているのだろう。
安らかにお休みください!
さようなら。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2月11日 1969年
14日の最終コンパの件で河村、石川、田口君のところへ電話をいれる。
あと武澤先生に電話をする。
現在の自分は混乱をしている。
今を支えるのに精一杯である。
特に今年に入って色いろあったが、この数日その反動がきている。
あまりに激しい一日一日の刺激的な日が続いた。
振り返ってみると、この二年間は自分の人生とって大きな分岐点の年になった。
それまでの20年分を圧縮した二年間だった。
02月11日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る