ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1771, 老いを生きる意味
大正 7(1918)年の春から翌年にかけ、世界中で猛威をふるったインフルエンザ。
発生はフランスのマルセイユといわれます。
当時、ヨーロッパでは第一次世界大戦の最中であり、西部戦線でにらみあって
いた両陣営で爆発的に拡がり、まもなくフランス全土を覆(おお)い、
やがてスペインへと拡がっていきました。
 
 
 また、ほぼ同時に中国・インド・日本でも発生、スペイン風邪は短期間で
世界中に蔓延(まんえん)することとなりました。
当時世界人口は約12億人でしたが、なんと2,500万人がスペイン風邪で
死亡した(一説には4,000万人)といわれます。
30人に1人も死んだことになる。現在なら2億人が死んだことになることを
考えると、想像を絶する出来事であったのだ。


日本でも2,500万人が感染し、38万人が死亡しました。
インフルエンザウィルスに対する知識がなく、効果的な治療法もなかったため
起きた悲劇といえますが、インフルエンザウィルスは進化が非常に速く、
すぐに新しいタイプが誕生するため、交通機関が発達し、病気の伝播(でんぱ)
速度が速まった現代では、最も恐れなければならない病気の一つとなっています。


当時なぜ大問題にならなかったかというと、第一次大戦で情報管理化にあった
ことが大きい。
この大流行はほぼ一年で終息をしたが、わずか一年でこれだけの多大な犠牲者を
出したのは、人類史上、特異な大事件であったことだ。
今回の鳥インフレエンザは、この風邪より性質が悪いといわれている。
冒頭にあるように、最悪も考えられる。

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 2003年02月07日(金)
674, ぶざまな人生−2 (読書日記)

立ち読みをもとに、前回「ぶざまな人生」というタイトルで書いた。
先日、本屋で再び立ち読みをしたら、「前書き」と「あとがき」が余りにも
面白い内容につられて思わず買ってしまった。
下手な要約を書くよりずっと文章に味があるので、そのまま写し書きする。

ーー表紙ーー

ーぶざまこそ人生の醍醐味と見つけたり!

人生50年も生きていれば、時に不偶感に苛まれ自信を失い世間に屈してしまうことがある。
金がない、愛されない、学歴がなく社会的地位もない、有名でもない、おまけに流行にも
ついていけない。だが、これらはけっして「ぶざま」を意味しない。
人生とは他人に見せるものではなく実際に生きるものだからだ。
「人間の人生」(=運命)に翻弄されながら、それでも「自分の人生」(=意志)を垂直に
立て生きようとすること、それだけが決定的なことなのだ。
「ぶざま」を自覚しなければ、生きている資格がない。


まえがきー「中小零細企業」の人生論

人生、である。
しかも、ぶざま、である。
ははあ、「ぶざま」といって一端下げておき、しかし一転して、「ぶざま」こそ
人生そのものでナイかと持ち上げ、さあ元気に生きていこうぜ、と口先だけの
空元気で鼓舞しようというんだろう、手口が見えているぞ、と思われるかもしれない
があたってない。「ぶざま」は「ぶざま」である。いまさら人生論か、50年古い、
と思われるかもしれないが、


・・・・とおりいっぺんの人生論など、興味がない。
成功した経営者や哲学者や有名な評論家とか宗教家とかいったつぶしの利く
人間が書くものと相場が決まっている。
しかし、彼らの人生論はおおむね「大企業的ー立派で高尚」の人生論である。
それに対して本書は、全然つぶしの利かない普通の中年男が書くそれである。
いわば「中小零細企業」的人生論である。
日本の会社の95lが中小零細なのに、だれもが5lの大企業の様な人生を
送りたがる。無理もないが。・・・・・・・・・・・・・・


人生という言葉に魅力がないかもしれないが、人生そのものは誰にもあるものだ。
いま「人間の人生」(簡単に言うと、運命)の真っ只中にいるのだ。
けれどその中でも、「自分の人生」(簡単に言うと、意志)だけで順風漫帆

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02月07日(火)
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