ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1727, 中野ブロードウエイ  −1
      5番目の売り場では、関西では初めての靴部門の立ち上げの責任者に
      取立てられていた。
      それにしても、あまりにも過酷であった。

     当時のスーパーは、まだ得体の知れない新参の危うい小売屋でしかなかった。
    濁流に放り込まれて、毎日が濁り水の中を溺れながら押し流されている日々だった。
   現在考えても、よくぞあの濁流に飛び込んだものだと思う。
  それだけ当時の流通は暗黒の世界であった。
 いや今もそうだが。

話はそれたが、クリスマスは食堂でささやかなクリスマスパーテーを
やったような記憶があるが、確かかどうかはハッキリしてない。
 その後に会社仲間と寿司屋で酒を飲んでいたような記憶があるが、
  これも如何であろうか。女性とは一緒ではなかったようだ。
   そうなら何処かで記憶が残っているだろう。
    クリスマスなどと浮世のことなど考えられない状態であった。
     それにしても、あまりに異常の世界であった。
      合併というのは、信じられないほど現場の摩擦がある。
      その先兵は如何立場かという知識は全く無かった。

     先ほど書いたように、流通業は当時は濁流そのものであった。
    信じられないような光景が色いろあった。

   ところで、その年の年越しを思い出した。
  宿直で、年越しを床屋で髪を刈っていた。
 当時の関西は、年越しは床屋が深夜まで営業をしていた。
それまでの年越しは全て実家で両親と供に年を越していた。

刺激が強すぎた日々でも、芯には染まらないのが私の特性である。
これは武澤ゼミのお陰であるし、また欠点かもしれない。
 また創業という目的があったためである。

  「クリスマス」や「年越し」という視点で、過去を切り取ってみると
    色いろのことが記憶の底から湧き出てくる。
 
        メリークリスマス!

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2002年12月25日(水)
621, 電子辞書を初めて買った実感

今回のパタゴニアの旅行で、ある人が電子辞書を持ってきていた。
常に持ち歩いて,ことあるごとに使っているのを見て早速買った。

買ってすぐに感じた事はとにかく便利な事だ。
携帯電話でその代用をしている人はその必要はないのだろうが。
結構身近においておくと使うのだ。あれば使う至極当然である。
インターネットで調べられるが、電子辞書は電源を入れて立ち上げての
手間が少なくて済むのがよい。

私が買ったものは超ミニパソコンの型をしている。
10冊以上の辞書がコンパクトに収められていて手軽に広辞苑や
百科辞典やカタカナ語や漢字辞書がひける。
また分野別に辞書機能ー人名や地名や慣用句別にもひける。

1度調べたものは栞や単語帳に収まるのも便利である。
スーパージャンプで同じ単語を他の辞書で飛んでひける機能もある。
こういう機能の存在や便利さは実際買ってみて初めてわかる。
パソコンより実際のところ早く買うべき商品であった。

私の買ったものは家庭の居間用に最適な辞書を揃えてあるものだ。
ー手紙文作成機能や料理機能もついている。

数日使っているが、家内の方が頻繁に使っている。
文字サイズも大と小があり切り替える事ができ便利である。
時々家電の売り場で見ていたが、実際買ってこの便利さがわかった。

インターネットや電子辞書を使ってみて、頭がよいとは如何いうこと
なのか解らなくなってきた。

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2001年12月25日(火)
280、喩え話

かなりキワドイ難しい内容だ。これほど危ない内容はテーマに出来ない。
何で?あまりに本質的な内容になるからだ。それは能力の限界の
表現になる。浅い知識の底を見せてしまうからである。
といって、今更という気持ちで書いてみよう。

キリストも仏陀も喩え話の名人だったという。

難しい話も喩え話で一瞬に理解でき、かつ理解させる事が可能になる。

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12月25日(日)
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