ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1559, つれづれに
                     ―「ツァラトゥストラ」―

・到達された自由のしるしは何か?――自己自身に対して恥じないこと。

・話題に窮したとき、自分の友人の秘密を暴露しないものはまれである。
                     ―「人間的な、あまりに人間的な」―

・多く考える人は党員には向かない。というのは党派などを突き抜けて考えてしまう
 からである。
                     ―「人間的な、あまりに人間的な」―

・事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。
                     ―「権力への意志」―

・善悪において一個の創造者になろうとするものは、まず破壊者でなければならない。
 そして、一切の価値を粉砕せねばならない。
                     ―「この人を見よ」―

・悪意というものは他人の苦痛自体を目的とするのではなく、
 われわれ自身の享楽を目的とする。

・君は言う「善行のためには戦いを犠牲にせよ」と。
 私は言う「善戦のためには万物を犠牲にする」と。
                      ―「ツァラトゥストラ」―

・世論と共に考えるような人は、自分で目隠しをし、自分で耳に栓をしているのである。
                      ―「反時代的考察」―

・宗教は間接的にも直接的にも教義としても比喩としても、いまだかつて一つの真理も含んだとはない。
といのは、どんな宗教も不安と欲求から生まれたものであるから。
                       ―「人間的な、あまりに人間的な」―

・人間は、もはや誇りをもって生きることができないときには、誇らしげに死ぬべきである。
                       ―「偶像の黎明」―

・人間は行動を約束することはできるが、感情は約束できない。
 なぜなら、感情は気まぐれだからである。
                       ―「人間的、あまりに人間的な」―

・自分について多くを語ることは自己を隠す一つの手段でもありうる。
                       ―「善悪の彼岸」―

・恋愛結婚は誤謬をその父とし、欲望をその母とする。
                       ―「人間的な、あまりに人間的な」―

・芸術こそ至上である!それは生きる事を可能にする偉大なもの。
 生への偉大な誘惑者、生の大きな刺激である。
                       ―「権力への意志」―

・悲観をその基盤とし、不幸と悲哀を善とするこの道徳。
 この善悪の価値表は速やかに破り捨てなければならない。
                       ―「善悪の彼岸」―

・母親は息子の友人が成功すると嫉む。
 母親は息子よりも息子の中の自分を愛しているのである。
                       ―「人間的な、あまりに人間的な」―

・日常生活で人々がおおむね正直なことを言うのはなぜか。
 神様が嘘をつくことを禁じたからではない。
 それは第一に嘘をつかないほうが気楽だからである。
                       ―「人間的な、あまりに人間的な」―
                       
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2003年07月10日(木)
827, アラスカ旅行記ー2

ーデナリ国立公園ーa
 今回のハイライトは、なんといってもデナリ国立公園のワイルドライフツアーであった。
デナリ国立公園は四国を少し大きくした位の大きさで、アンカレッジから3百数十`、
車で6時間の距離にある。
このデナリに二泊をした。
ワイルド・ライフツアーは朝5時過に出発して午後の1時過ぎに帰ってくる、
野生動植物や自然を堪能する内容だった。

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07月10日(日)
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