ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1504, 平等について−2
親切があなたの表情に
まなざしに、ほほえみに
温かく声をかけることばにあらわれるように
子どもにも貧しい人にも
苦しんでいる孤独な人すべてに
いつでもよろこびにあふれた笑顔をむけなさい
世話するだけでなく
あなたの心を与えなさい
・ある人びとが豊かに生活できるのは、それなりの理由があるはずです。
そのために働いてきたに違いありません。
ただ、私は物が浪費されるのを見ると怒りを感じるのです。
私なら使えるものを人びとが平気で捨てる時に。
・目の不自由な人がそばにいれば、自分が読んでいる新聞を声を出して読みあげるだけでいい。
それも自分が読みたい時間にで充分。
いや、何もしなくても、そこに何かで苦しんでいる人がいるということを
知っているだけでいいのです。
・私はね、人間的なあつかいをうけていない人たち、社会から拒絶され、きらわれ、
軽蔑されている人たち、この世でもっともひどい病気に苦しんでいる人たちのもとに
いかなければならないのよ。
でもね、オキ。あなたたちは、もっと身近なことからはじめたらどうかしら。
病院に入院している患者に花を持っていってあげるとか、年とった人のために窓を拭いたり
洗濯をしてあげるとか、ね。
浮浪者のために社会保障の用紙に記入する手助けするのだって、目の不自由な人のために
手紙を書いてあげることだって、とてもりっぱな愛の表現なのよ。
・いまの世の中、人間が人間を見捨てているのよね。
親が子を、子が親を、兄が弟を、友が友を、隣人が隣人を。
・子どもはあなたの愛を待っているのよ。一対一のね。
あなたが働いてその子のパンを稼いできても、その子がほうっておかれるんじゃ
どうしようもないでしょう。
いま、ほとんどの人が、生活をもっと豊かにしようと、忙しく働いていて、
子どもたちは両親とすごす時間がとても少なくなっています。
私たちが接している貧しい人たちは物質的には豊かじゃないけれども、ほんとうに
子どもを愛していますよ。その意味では、世界一の幸せ者かもしれませんね。
・愛は家庭に住まうものなんですよ。
子どもを愛し、家庭を愛していれば、何も持っていなくてもしあわせになれるのですよ。
・国と国の間に大きな違いはありません。
どこへ行っても出会うのは人びとですから。
異なった外見、異なった教育や異なった地位ではあっても、みなおなじです。
どの人もみんな愛すべき人です。
みんな愛に飢えています。
・あなたがたがもし、苦しんでいる兄弟姉妹のひとりひとりを思いおこすなら、
仕事はもっとらくに感じ、貧しい人たちにたいしてももっと心の底から微笑むことが
できるでしょう。
もし、貧しい人びとが飢え死にするとしたら、それは神がその人を愛していないからで
はなく、あなたが、そして私が、その人たちにパンを、服を、そして愛を、思いやりを
あたえなかったからなのです。
・でもそれは、パンがないためではありません。
愛、思いやりへの飢え、だれかの「自分」でありたいという思いがみたされない飢えなのです。
裸の人もいます。服がないということではありません。
見ず知らずということだけで、やさしい心づかいをしめしてもらえないという意味で
裸なのです。でも、それらの人びとに話すことはできるだけ少なくしましょう。
説教してきかせても、それは人とふれあう場にはなりません。
ほうきをもってだれかの家をきれいにしてあげてごらんなさい、そのほうがもっと
雄弁なのですから。
・私は社会福祉家でもなければ、慈善事業家でもないのですよ。
私はキリストのためにやっているだけですから。
・ 私かもし、社会福祉や慈善のために活動するのだったら、しあわせだった家も
捨てなかったでしょうし、両親とも別れなかったでしょう。
私は神に捧げた身ですから、いま私がしていることはヒューマニズムでもなんでも
ないんですよ。ごく当たり前のことなんですよ。
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05月16日(月)
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