ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1333, 2000年前のポンペイ −4
錯乱した者が方々で自分や他人の不幸を嘲弄して回っていたからです。
しかし、このときでさえ、危険の訪れを懸念しながらも、伯父の消息が
分かるまで出発する気はありませんでした。

 以上が私の身に起こった出来事です。
歴史に残すにはふさわしくないつまらない話ですから、お読みになっても
貴兄の著作に書き入れる気にはなれないでしょう。
また、もしこれが手紙の名にさえ値しないとしたら、
私に頼んだ貴兄自身を責められるべきです。
では。

・・・・・・・
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 2003年11月26日(水)
966, 悪口についての一考察 −2

 どんなに憎んでも、面と向かって言ってはいけない言葉がある。
だから、その人の居ないところでいう悪口は楽しいのである。
これが人間の悲しい性である。

 4~5年前にある泥酔の高校の同級生二人に呼び出されたことがあった。
片っ端から知人の悪口を言っていたが、私を呼び出す前までは私の悪口を言っていた
のがミエミエであった。
そして「人の悪口は楽しい!」といっている姿に唖然とした。
そう、こう書いているこの文章も、彼らの悪口である。

 私の場合、こと人間の真髄に関しては何を話しても悪口になってしまう。
虚飾などどうでもよい?見えるのは裸の猿の狂った姿である。
大学のたまたま入った学部が社会学部であった。早くいえば人間学である。
人間関係の網の構造を瞬時に洞察する訓練を受けているから始末が悪い。

さらに、こういう社会学的な本が好きで40年近くも読み続けているから
知らないうちに外部化しているのだろう。
表面的な付き合いの人間には、全てが悪口に聞こえるはずだ。
同級生のスナックのママに説教をされたが、その道の専門家いやアマチュア
ということは知らないようだ。

 ところで悪口という概念は、なんの思想も持ち得ない。

ー怒れば、ストレス解消・精神衛生などという隠れみので、自己のプライドなど
微塵もみせず?に罵詈雑言をいい続ける。

ー気分の良い時は調子よく聖句などを持ち出してきて、
「悪口はいけません」とのたまう。
この二面性を持っているのが人間の姿である。
悪口の後で「仕方ないさ、人間だもの」と繰りかえす。

ー悪口をいま思い出せる言葉を羅列してみるとー
「服のセンスが悪い」「だらしがない」「カスが人間をまとっているような奴」
「子狐のような奴」「屑どもめ」「仕事が出来ない」「気がきかない」「痴呆迷死」
「ミス何々ー失敗ばかりする女」「ダニ」「自民党のような奴」「たかり」
「くそったれ」「共同便所のような女」「東京ガス」
 悪口はまるで無尽蔵である。

嫉妬心・怒り・敵意・ねたみ・憎しみ・優越感・軽薄など心の底に渦巻いている
ドブから発するガスである。
 
 ーインターネットで調べた内容をコピーしておきます。
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「悪口をやめよ 」
ヤコブ4:11〜12
箴言26:17〜28
マタイ5:21〜24

皆川尚一牧師

悪口をやめよ
兄弟たちよ。互に悪口を言い合ってはならない。兄弟の悪口を言ったり、
自分の兄弟をさばいたりする者は、律法をそしり、律法をさばくやからである。
もしあなたが律法をさばくなら、律法の実行者ではなくて、その審判者なのである。
しかし、立法者であり審判者であるかたは、ただひとりであって、
救うことも滅ぼすこともできるのである。しかるに、隣り人をさばくあなたは、
いったい、何者であるか(ヤコブ4章11〜12節)。

 「兄弟たちよ。互に悪口を言い合ってはならない」(11節)。
 ここで「悪口を言う」(カタラロー)というギリシャ語は「逆らう」(カタ)
という語と「言う」(ラロー)という語が合わさって出来た合成語で、
「逆らって言う」とか「反対して言う」という意味です。
しかし、この語の使い方は、面と向かって相手に逆らって言うのではなくて、
今そこにいない人の悪口を言う場合に使われます。


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11月26日(金)
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