ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7781,閑話小題 〜この急激の円安は、厳しい
のである。それも、長年の準備が必要とする。 『いい人生だった!』の言葉を
聞いたのは、私が27歳の時だった。父が余命1年の末期ガンを察知し、その恐怖心
と格闘していた最終に近づいたとき、『ああ、良い人生だった。今度、生まれても
全く同じ人生を生きたい』と突然、話したことを思いだす。その時に、
私の僅かな死に対する知識、
『哲学でさ、自分って死なないっていうの知ってる。死んだ瞬間、自分が消滅
するでしょ。死体は、もう自分でない。死体を見るのは他者でしょ。
だから自分は永遠に生きると考えられるでしょう。』と聞いた父がハッとし、
『こんな話を聞いたのは初めてだ。死が何か、ここで初めて知った』と正直に
吐露していた。それより、太平洋戦争を跨ぎ、2つの人生を生き抜いてきた人も、
死の前の恐怖心には… で、私も「いい人生だった」― の、この一言を口に
出来るだろか?
≪ ―内容紹介― Amazon
ドイツ『シュピーゲル』誌で18週にわたりベストセラー1位の話題の書!
年を重ねる中で得ていく「落ち着き(Gelassenheit)」とは何か。
私は「アンチ・エイジング」より「アート・オブ・エイジング(年をとる術)」を
身につけることが大切だと思う。これは、老化というプロセスを拒否するもの
ではなく、それとともに生きるための術である。―ヴィルヘルム・シュミット
・これから得られる「豊かな実り」とは
・自分に起こる「変化」と折り合いをつける
・「それまでの積み重ね」が花開くとき
・「心穏やかに生きる」のに欠かせないもの
〜カスタマー・レビュウより
古代ギリシャの哲学者デモクリトスが「朗らかさ」を、
外的な財産や感覚的な満足感に依存しない最高の「内面的な財産」とみなした、
というエピソードが心に残った。
快活さ=平安に満ちた心地よさを持つための土台が「生」についてなどの
スケールの大きい思慮から得られた朗らかさだと。
彼自身、「笑う哲学者」と呼ばれていたほど明るく快活だったという。
快活こそ悟り。≫
―
▼ 紀元前6Cのピタゴラスの時代より、死に方に対して様々な可能性について
語られていた。生きているうちから繰返し何度も「死の瞬間」という極限の
地点に立っているつもりで、これまでの人生を振返り、それを自ら評価し、
時に人生の新たな指標をもとめる哲学的修練。
この数年、何度何度も、死に関する読書の中で自問自答し、夜半に独り、
考えてきた。それを考えることは、自らの人生を振返ることになる。
人生において何が大事だったのか。何を間違っているかの問題に行き当たる。
如何だろう? いい人生とは何か?からすれば、自問自答で満点のはずだが。
・・・・・・
4844,「事業人生を決心して45年」の語り直しー18
2014年06月19日(木)
* 衣料量販店のコツ
肩書きは取締役本店店長。通称、「店長」。母が社長で、兄が専務。
家業そのもののパパママストア。出社日から多くの判断が次々と求められたが、
衣料量販店経営など全く知らない白紙からの出発。ところが、その白紙状態が、
結果としてベストに働くことになる。心だけでなく、何事も、空即是色である。
四日市、神戸、桑名、金沢、千葉と渡り歩いてきたが、いずれも、駅前は競争
激化と、新興のチェーン店の進出で、劇的な変化の過程であった。ところが、
当時の豪雪は、現在と比べようもないほど多く、冬期間は、雪の壁が、町を
遮断する特殊の商圏でもあった。そのため、地元百貨店が二店。
金沢の百貨店と、寄合専門店ビルと、実家である衣料量販店と、その支店の
ファッション衣料店が、そして駅に隣接した一等地に大型チェーン店が、
駅前のメイン通りに並んでいた。しかし、豪雪地区のため、他県からみれば、
その波の強さは、穏やか。この本店、規模の割には、「超繁盛店」で全国で
知られていた。その中での、御家騒動は、世間話の絶好のネタ。
本店の過去のデーターは、全てを前任者が持ち出し、その上に、前任者達の
意をくんだ残留者は無言の抵抗。一週間、二週間経つうちに店内の商品が底を
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06月19日(日)
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