ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7629,閑話小題 〜今年の初夢はシリーズものですか
  寂しかったというより、悲しかったね。誰にも手を差し伸べらなかったし、
  縋りつく手もなかったし、あるのは、見守ってきれた両親の視線。
74歳の私: でも、学生時代に出あった先輩諸氏の中には、こんなものじゃ
  ないほどの苦労人がいたね。そうだよ、誰もが通る20歳代の独り道さ。
24歳の私: 50年後に、74歳の彼方(私)に、こうして慰められるとはね。
  それも誕生日の翌日にね。ところで、24歳の私が彼方に質問したいのは、
  何ですか、この結末は? ブラックスワンの到来は解らないでもないがね。
74歳の私: 言訳も何もない。ブラックスワンってのは、何もかもを奪うもの。
  父親がね、口を酸っぱく言っていたね。突如、思いもしない濁流が、襲う
  前提で、シェルターを準備すべしとね。私は、個人と会社組織を長年かけ
  別口にしておいたのが幸いした。これも、親からの教え、体質。
24歳の私: その後、40歳の私と対話をしているね。あれも酷かった。
74歳の私: 生まれた直後な第二次世界大戦の敗戦の翌年に生まれたんだから。
  以来74年、長いようで短かったが、まあ、極上の人生と言ってよかった。
  ありきたりだが、時代と、両親と、周辺に恵まれていた。あんたの年頃が、
  人生で一番、恵まれていたね。20歳代に人生の問題を吐出していたのがね。
24歳の私: 自分って何だったの? 自問自答の底が浅いとつくづく思うの。
74歳の私: ここまで生きられ、行蔵を貯められたのを、24歳の私に知って
  もらっただけで充分さ。
24歳の私: 当時、取組んだ『カードファイル日記』を、ブログに替えて、
  19年近く書き続けているね。それを知ってね、独りで涙している。独りの
  世界の構築ってのはさ、何もかも独行で、独白でね、それを良しとしてね。
74歳の私: 誰に語るのではなく、自身に語ることさ、それも良心にね。
  
・・・・・・
6516,閑話小題 〜40歳の私との対話
2019年01月16日(水)
 
   * 何でまた、こんなテーマを?
   〜ライブそのままで、さて如何なっていくのでしょうか…
≪ 40歳の私: 1990年ってさ。バブル崩壊とソ連・東欧圏の崩壊が重なった年。
   それでも毎日が楽しくて、面白くてね。1989年12月にスペインに行ってね、
  バルセロナの公園で、中高年の男たちが自然集会のように集まって、何か
  を議論していたね。その時、これは只事でないとね。その帰路、ローマに
  立ち寄った時に、ツアー仲間から離れてオプションで、地元会社のツアー
  『ポンペイの一日ツアー』に参加したの。 その時に、車中が異様な空気で、
  ルーマニアのチャウシェスクがクーデターで殺害のニュース記事の新聞が
  車中にまわってきて、リアルな射殺体が掲載されていて… 日本と欧州との
  温度差の大きさに驚いたね。
73歳の私: 永遠に続くかと思われたバブル崩壊には驚いたね。 
  せっかく欧州で、劇的現実を目の当たりにしながら、何を考えていたのかね。
  日米経済戦争の敗戦の現実に鈍感過ぎ、拡大路線を走ってさ。
  バブルで狂ったまま、その延長を直走ってしまったね。
40歳の私: 1960〜1990年の花の時代を生きてきて、直に切替えろってのも、
  難しいもの。奇跡的だもの、あの時代は。
73歳の私: 最終的な結果に、何故か後悔もないし、面白かったという実感しか
  残ってない。アメリカによって与えられた自由民主主義も、その根底が定か
  でないため自国がアメリカの属国であることの自覚が国民に足りなすぎ。
  その後、ダイエー、ニチイ、西友、西武百貨店、西武鉄道、そごう百貨店、
  などが破綻していったが、他山の石としか、考えられなった。
40歳の私: それにしても、よくぞ生きているね。何か全く違ってしまったね。
73歳の私: その後ね、本格的デフレになってさ。株価は6000円代まで下落し、
  国債が一千数百億まで膨らんで、今では、国家予算の半分は国債で賄って
  いるんだよ。信じられるかい。それにさ、アメリカがね白人第一主義の

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01月16日(日)
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