ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7493,読書日記 〜『できすぎた話』 〜5
〜ネット検索によると〜
《 ◉ 人間が、相手によって、あるいは置かれた状況によって、言動が変わる
のは普通のことではない。例えば、会社員が上司にはペコペコするが部下には
威張るといったように。「分人」と言われると、多重人格者や、統合失調症の人
を連想してしまう。 いろいろな自由に対応できる人生に、「分人主義」という
考え方を提唱。個々の関係性のなかの、それぞれの自分を、個人に対して分人と
呼んでいる。
「分人主義」。なにか仏教的な印象を受けます。その場その場で対応する自分
がいて、その場その場で使い分けをしている総体的な自分がいる。多様な切り札
をもっている、あるいは、いろいろな引出しを持っている自分である。
分ける。時間を分ける。それを無限に分ける。1/nでn>∞にする。
そうすると無になる。すべては空。時間を無限に切り分けた多次元世界に、
見えない世界、見えない自分がいるかもしれません。見えない自分を生かす自由
(というのがあるとしたならば、それ)を行使できれば、息苦しさをかなり軽く
できそうな気がします。仏教でいうところの「無我」に通底するような気がした。》
ー
▼ 役者、政治家、役人などは、それぞれの役割を演じ、成りきる人をいう。
人、生物、モノも役割があるため、彼らだけでなく、一般にいえること。
毎日、ブログを書いていて、過去の同月同日の文章を読み返す度に、誰だ、
この人?と思うことが多い。自分は毎日、生まれ変わっている実感がするから
続く。時代が目まぐるしく変化している中で、私たちも日々刻々変わっている。
としても、そこに見える「分人」たちの幼稚で、卑小な見識に、驚かされる。
成るほど、「内省」とは、このことかと。これをしている御蔭で、他者の、
軽さ、重さを計ることも出来るが… 先日のテーマ、『サードプレス』も、
様々な分人から、一歩離れて、真実の自己に出あう場所ということか。
・・・・・・
5272,「エリック・ホッファー自伝」〜F 『希望より勇気を』
2015年08月21日(金)
「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
* ホッファーが生きた時代背景と、弱者
ホッファーは、自分の生きた時代背景と、そこに適応出来ない人々の
精神状態が、いかなるものか?を、自身をそこに置くことで詳細に観察した。
当時は、現在の断絶の時代に酷似しているようだ。情報機器を使いこなせない
中高年たちは、情報段差に呆然とするしかない。それでも、タブレット、
スマホの普及がフォローをしてはいるが。物理的な金銭に加え、現在は
情報格差の問題が加わっている。
≪ ホッファーが分析の対象としたのは、何よりも同時代の「気質」であり、
そこに生きる人々の「精神状態」であった。近代人は、長きにわたって拘束
された神から逃れ、ようやく自由を手に入れたものの、今度は、
「かれ自身の魂の救済を、しかも四六時中、行なわねばならなくなった」。
自らに対して、そして社会に対して、自らの価値を日々証明し、自らの存在を
理由づけなければならなくなった。 これは容易ではないし、絶え間なく変化
する社会に生きる一個の人間にとっては途轍もない重荷である。
われわれは、往々にして、自分自身に満足できず、「自己自身と異なったもの」
になりたいと熱望する。そして、「真に欲していて、それを持つことができない
ものの代用品」を追求して多忙をきわめる。好ましからざる自己から自分を
引ぎ離し、文字通り「心を亡くそう」と試みる。かくて、「人生のあらゆる
部門に熱狂の噴出がある」のであり、「社会組織そのものが、一般に、心の病
に冒されやすい、すぐ燃えやすい体質になってしまった」とホッファーは洞察。
本書に鮮やかに描かれているように、この簡潔で力強い分析の源泉は、
彼自身の浮浪者としての原初的な生活の中にあった。
「金がつきたらまた仕事に戻らなければならない」生活に自殺未遂をするほど
うんざりしながらも、それを克服して「旅としての人生」を生き抜いていく
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08月21日(土)
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