ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7202,閑話小題 〜苦難にまさる教師なし
俺は問題を出してやったんだ…
 「5+5は何?」
そしたらメアリーとジョンがこう答えたのさ…
 「8」 「9」
 ―
▼ さて、最後は更に難しいジョーク。この意味を知るに私は10分を要した。
 イヤラシイが、なかなか深い意味がある。 少し後ろに何やら◎が… 。
とすると、ジョンは10になるが… 私が考え過ぎですか? 
 お後がヨロシイようで! 
  〜 内部検索をすると、開設直後に、コーナーを開設してあった。

・・・・・・
お笑いコーナーの開設
2001年05月23日(水) 
  * スナックジョーカー
去年シルクロードを旅行した時、同行者がかなり知的レベルの高い人達であった。
旅行中非常に厳しい環境の中で、いつも軽いジョークを飛ばしていた。それが
いやみも無く気持ちを和らげてくれた。その経験から軽いジョークは厳しい人生
で軽い安定剤になるものだと、つくずく考えさせられた。そのとき日本に帰ったら
必ずそのセンスをつけてやろう心に決めた。そして数ヶ月間ジョークと駄洒落の
本10冊以上を買い求めた。初心者のジョーク収集家になってしまった。一人
手帳に書いて楽しんでいたが、公開も面白いとこのコーナーを開設することにした。
笑いはその人により千差万別経験により違う。可笑しかったら笑ってください。  
いつものとうり以前書いた文章をコピーしておきます。
    −H1209"笑い"について ー
 笑いというと人生におけるアクセサリーのように考えられるが、実際は人間と
して生きるうえで、もっと根本的な問題を含んでいる。苦悩は人間の本質的大問題。
仏様は、それを"四苦八苦"に分解してみせ、その根本的解決策を八正道とした。
しかし人間はそのずっと以前に"笑い"を発見して苦悩をやわらげていた。人生は
本来、思い通りにいかない、馬鹿げている、いやな事が多い。本来あるべき姿との
闘争といってよい。これが苦悩となって負担となる!そこでユーモア・ジョークを
創りあげ、笑いで中和していた。苦悩より生ずる精神のこわばり、このこわばりに
おかしさが出てくる。これをスピーディーに指摘する。人間はスピーディーに不一致
を指摘されると、おかしく笑い出す。笑いは笑う側から言えば優越感、笑われる側
からいえば、その価値の下落、及至無化と関係している。われわれは優者に同一化
する事により敗者を笑う。これが皮肉、悪口による嘲笑でもある。しかしこれは品性
の最も低レベルの露出になる。皮肉は孤高な笑いでもある。皮肉屋は自らを高くして、
自らを神の立場にして、愚者を笑う。反対にこの人間の弱さ愚かさに直面しても、
これを憎まず受け入れる態度をユーモアという。笑われる対照が実はわれわれ自身
でも。ユーモアが与える心あたたまる連帯性の源は、この共犯性にある。すべって、
ころんで怪我をして泣いているのが悲劇であり、その姿を第三者が可笑しくみえ、
笑ってしまうのが喜劇である。同じ局面でもその立場で全く違ってくる。しかし
喜劇的側面は少なくとも客観的であり、ロングショットの視点である。悲劇的視点
はその苦しみしか見えなくなっている。という事は苦悩を逆に自ら笑ってしまう事
のほうがプラスになる。"いつか笑える日がくるさ"とつぶやく事を忘れないなら、
その日は駆け足でやってくる。笑うから楽しいのである。泣くから悲しいのである。
笑いは自ら創りあげるものである。この三ヶ月間でジョークを百、駄洒落を二百、
頭の中にセットした。しかし、これで相手を笑わせるとなると話が違ってくる。
難しいのである。当然の事ながら一つの話でも一人の人にとって可笑しいが、
もう一人には全く馬鹿げている事が多い。その為にはTPOSでネタを変えなく
てはならないし、それと失敗した時のフォローも考えておかなくてはならない。
一つのジョークでも一つの"生き物"として自らの中で手入れをしておかなければ
相手は笑ってはくれない。ユーモアは笑いを目的とせず、雰囲気を良くする事を
目指し、ジョークは最後の一ひねりに、吹き出し笑いを目指す。駄洒落は聞き手に

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12月01日(火)
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