ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4764,閑話小題 ー3年前の日記より ー2
4397,「武士道」という諸悪の根源
* 「武士道」という諸悪の根源 《「世間」の捨て方 ー3》
「武士道」が諸悪の根源という説は面白い見方。しかし少し考えれば当たり前のこと。徒党を組んだ侍の親分が武力で
農民の米を徴収し、仲間内に配っていた。その暴力装置を持つ集団が綺麗ごとで尤もらしい規範をつくりあげだけ。
それを子育てを含め根こそぎ否定しているところが新鮮。 ーその辺りを抜粋してみるー
≪ 子育ての見本として、絶対に見習ってならないのが江戸時代の武士道。「武士という者が日本を悪くした存在です。(略)
武士の頭の中にあるものは主君に使えるということだけ。 端的に言えば、奴隷ですよ。(略)この奴隷というものを、武士道
だなんて、日本人はやけに持ち上げるんですよね。(略)その点、ヨーロッパは違いますね。武士はすべて傭兵だった。
戦争は国王が傭兵を使ってするわけです。武士は『七人の侍』みたいなもので、雇われの用心棒だった。
「日本は典型的な武士の社会。鎌倉幕府が成立して以後、ずっと軍事国家だと私は思っています」≫
▼ 現在も武士社会が会社に入れ替わっただけ。そのため現在でも勤め先の藩と役職と禄高で、社会的評価がされている。
そうこうみると、我われは現在でも奴隷、それも人生の大半を何も考えずに、その生活に満足して過ごす。その中で、
人は趣味を見出し、奴隷生活の中で自由な時間を持つ。士農工商が江戸時代の身分制度。そこで他の奴隷管理をしていた
武士のつくった武士道など信じるなどもっての外。 ーウィキペデアで葉隠れをみると
≪「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」葉隠の中で特に有名な一節。 葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して
武士道精神と単純に解釈されていて実際、太平洋戦争の特攻、玉砕や自決時にこの言葉が使われたが、山本常朝自身は
「私も人である。生きる事が好きである」と後述している様に、死を美化した書物と一括りに出来ない。 現代でいう
ビジネスマナーのマニュアルに近い記述がほとんど。また衆道(男色)の行い方を説明した記述等、一般に近代人の想像する
ところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。戦後、軍国主義的書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では
地方武士の生活に根ざした書物として再評価されている。先述したように処世術のマニュアル本としての一面もあり、
『葉隠』に取材したビジネス書も出版されている。≫とある。奴隷社会の処世術というところ。どうも日本人は、やたら道を
付けたがる。商人道、柔道、剣道とか。何かを極めるのに、どの位置にいるかを知る道標が必要だから、道を思い浮かべた
のだろうが。日本が、戦後、ここまで経済成長を遂げたのも、江戸時代の「お家制度」の文化が背景にあったのも事実。
絶対否定は出来ない。元長岡藩の城下町、今でも色濃い武家社会の影響が大きく、世間とかいう噂の奴隷の群れがいる。
・・・・・・
2012年03月31日(土)
4023, シングルイン、31年間の総括 ー5
* どこで間違えてしまったのか?
「会社の寿命30年説」を検索したところ、日経ビジネスが1983年に総資産額のランキング分析を基に唱えたもの、とあった。
私の事業も、この説のとおり30年で寿命を向かえた。 創業当時、私が30歳代半ば、当時のマネジャーと次長は20歳半ばから後半。
30年後の現在、三人の平均年齢が60歳近くになっていた。 ホテル4棟の平均年齢も25年になっており、引き時と見ることができる。
ここで、三つの震災などの外的要因を別にして、「この事業、何処で間違えてしまったのか?」という問いを立ててみる。
◎ 首都圏から新幹線2時間圏内の駅前ホテルの客室需要が数分の一に落ち込む予測が出来なかったのが大きな原因。
◎ 更に企業の営業活動のあり方が、この20年間に根底から変わってしまった。20年前のバブル崩壊と、ソ連・東欧の崩壊で
東西の垣根が無くなり、グローバル化が日本の国力を根こそぎ奪ってしまった。 その意味を捉えることが出来ず、
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03月31日(月)
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