ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[393765hit]
■4476, 閑話小題 ーオノマトペ
輸出市場などの客観的、外部的、物質的制約条件のなかに存するのではなく、日本社会の内部的、主体的、精神的、社会的
条件のなかにこそひそんでいるのである。
没落の真の危険は、日本人がこの危機や試練を正確に認識する能力を失いつつあることのなかに、この危機や試練に挑戦しようという
創造性と建設的思考を衰弱させつつあることのなかに、 日本人が部分を見て全体をみることができなくなり、短期のことしか考えず、
長期の未来を考えることができなくなり、エゴと放縦と全体主義の蔓延のなかに自壊していく危険のなかに、存するというべきなのである。
豊かさも便利さも、そして情報化、都市化、大衆化、福祉、自由、民主主義、平和なども、現代文明が高く掲げてきたプラスの諸価値を
含んでいたが、人間社会の出来事になんらのマイナスを伴わない絶対的プラスは存在しえない。自然科学と同様である。
節度を越え、調和を喪失したとき、それは突如としてマイナスに変わる。それは、資源問題、公害問題を通じて少しずつ理解されている。
豊かさ、福祉、自由、平和、平等などに実は恐るべきマイナスの副作用が現れることについて、自覚を欠くとき、福祉国家は人間と
社会を堕落させ、自由は無秩序と放縦に転化し、民主主義は全体主義と衆愚社会をもたらすであろう。没落の原因は、外的要因ではなく、
むしろ内的要因にあることを繰り返し述べている。外的要因については、それをはっきりと捉えることができるので、意思さえあれば
対処可能なのかも知れないが、内的要因については、まずもって自覚できない、このため要因をはっきりと捉えることができない、
そのため対処することが非常に難しい、ということなのか。】
▼ ローマ帝国の自壊は、37年前の日本というより現在の日本の自壊の姿である。ここで、「この問題は決して克服できない問題でない」
とあるが、結果として果たして克服してきたか疑問である。問題は、ここに書いてあるとおり「日本人がこの危機や試練を正確に
認識する能力を失いつつある」ことである。その上にグローバル化による価値観の多様化もある。日本の自滅は文明の自滅でもある。
・・・・・・・
3736, 全米N0・1弁護士の勝ち抜きセオリー 〜10
2011年06月18日(土)
* 具体的な弁論は? ー ミロのビーナスの腕 『議論に絶対に負けない法』ー ゲーリー・スペンス著
【 それから私は、開発業者の利益のために美しいジャクソン・ボー・バレーの木々を伐採して醜い宅地にしてしまうことに対する
反対論を述べた。「はじめにお話をさせてください。ミロのビーナスはパリのルーブル美術館に所蔵される前、ベネチア芸術の
美術商の手に入りました。この時すでに、この像は人々の注目の的でした。そのポーズと着衣の優美なひだがこのビーナスに非常な
気品を与え、完壁な芸術作品から発せられる力をすべて持ち合わせた傑作でした。人々はこの像を見るために遠くからやって来ました。
そして時がたつにつれ、像の人気が高まるにつれ、像には手を触れたすべての女性を美しくする力があると考えられるようになりました。
美術商は、このビーナスの小さなかけらがほしいという大衆の要求を利用すれば、大もうけできることに気づきました。
ビーナスを見ようとたくさんの女牲がはるばる長旅をしてやって来て、小さなかけらだけでもぜひ手に入れたいと願いました。
持っていれぽ美しくなれると信じていたのです。美術商はある計画を立てました。石膏でビーナスのコピーを作って、そのあと本物の
ビーナスを粉々に壊してしまおうと考えたのです。粉々にしてそのかけらを売れば、この芸術作品をまるごと売るよりも、はるかに巨額の
お金が転がり込むほずだと思ったからでした。そこで彼は、大金槌を持っている職人たちをビーナスが飾ってある自分の店に呼び出しました。
「粉々に壊せ。壊して、千個のかけらにしろ」。彼は命令しました。彼がはじめという合図をしようと腕を上げ、それを振り下ろそうとした
ちょうどその時、目に見えない剣に切られたかのように、彼の腕が体から切り落とされました。それと同時に、ミロのビーナスの反対側の
[5]続きを読む
06月18日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る