ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4448, 屋根裏に誰かいるんですよ −2
精神科医である著者が、現代社会におけるさまざまな精神病理を、きわめて冷静に考察したものである。
ある日、ひとりの老女が、「自分の部屋に勝手に人が入ってきて困る」と訴える。その侵入者は、彼女の部屋にある
日用品などを盗んでいったり、ちょっとだけ位置をずらしていったりするという。しかし、姿は見えない。
まるで、「座敷わらし」などの妖怪のしわざとしか言いようがない不可解な話を、老女は真剣に語る。
表題となっているこの症例は、「幻の同居人」と呼ばれる。このような症例は、多数報告例があるらしい。
患者たちは、脳に器質的な異常が認められるわけではなく、精神的にも問題ない場合が多い。
「妄想の突飛さと当人の穏やかな常識人ぶりとのあいだに乖離が生じているときには、精神医学はたちどころに歯切れが悪くなってしまう」
と著者は言う。それがこの症例の複雑さと奇妙さとを物語っている。本書は、現代社会においても、妖怪と出会うといったような
「非日常」的な現象が、たちあらわれる瞬間があることを示唆する。 精神科医が語っているだけに、いっそう説得力がある。
▼ ある亡くなった友人の奥さんが数年前、急に事務所に訪ねてきて、世間話の後に何気なく、「最近、家に侵入者が時々入ってくるが、
生前、主人が何か言ってませんでしたか」と言う。「侵入者とはとんでもないこと、どういうことですか?」と吃驚して聞きなおすと、
「自宅の屋根裏に侵入者がいて、彼方此方、徘徊している。」という。 よくよく聞いた後、「貴女は魔界に一歩踏み込んだようですね。
ご主人からは、それについて聞いたことはありません。」と答えた。警察に相談して屋根裏を調べてもらった時の写真を何枚か出して、
「私には、侵入者が見えるが,貴方は見えませんか」という。 私には全く見えなかったが、その辺から、何か精神的に追い詰められている
のだろうと思い始めた。その後、ご主人と共通の複数の知人から彼女の同様の話を聞かされた。本人には、実際に屋根裏に何かが
いるのだろう。彼女は初老で、独り暮らしである。佐藤愛子が、似たような現象を経験している。それと同じかどうか私には分からない・・・
・・・・・・・
3708, 自己を見つめる −24
2011年05月21日(土)
ー 他者について 〜A ー ーP194 「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著)
【 幼児は、他者が素敵な玩具をもっていると、自分もそれをもっていなければならないとすぐに決め込み、それでいて自分には
その玩具がないところから、その他者を激しく嫉妬することになる。 こうして、一般に、大人になってからも、人間は、他者とか
世の中とか世間からの影響を色濃く帯び、ときにはそれに飲み込まれてしまって、その水準で自分を裁断し、ほんとうの自分の姿を見失い、
自己喪失の状態に陥ってしまう。 また、自分の不幸や不満の原因を、他者のせいとして責任を転嫁し、自分がひどい目に遭った原因を、
ともすれば世の中に押しつけ、他者攻撃に生きる傾向に人は陥りやすくなる。したがって、本来そうであるぺきなように、自己でありつつ、
他者とともにあるという、二重性ないし両義性をほんとうに生きることは、人間にはきわめて困難になるのである。
東洋ふうの言い方をすれば、「和して同ぜず」という、自他の自由な自律性と、連帯性ないし他者容認とが、過不足なく、
円滑に両立してこそ、自他の関係は充足されうるのだが、それがきわめて困難になるのである。
ニーチェは、自他の関係において、ルサンチンマン(怨恨感情)という恐ろしい感情が胚胎する機微を鋭く抉り出した。
他者の不当な振る舞いに直ぐに反発できずに、じっと我慢する人間のうちに、やがて次第に欝積してくる不満の感情のことを指す。
それは、恐ろしい怨恨感情となって、やがてさまざまな形で爆発してきて、自虐と他虐の凄惨な凶行さえも生み出す原因となる。
しかし、ニーチェにょれぱ、そうしたルサンチマンの人は、他律的なのである。つまり、怨恨感情は、他者に囚われ、他者からの
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05月21日(火)
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