ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[393862hit]
■4398, 閑話小題 ー 円滑法が4月から期限切れになるが
数ヶ月単位で担当売り場を変え責任を持たせる。キャリアを積ませるのである。配送サンター、寝具、靴売り場、子供服、日用品、
など次々に任される。品種変われど、商品管理の本筋は同じ。だから居酒屋も、ベーカリーもシステムを把握して全力で取り組めば、
何でも可能ということを知っていた。 そのため実家の仕事を引き継いでも、ビジネスホテルを立ち上げるにしても全然、抵抗感がない。
何事も、表面が違っても、本質は同じである。
・・・・・・・
3658, 価値とは思い込み
2011年04月01日(金)
価値観の価値は「思い込み」とすると、その意味がストレートに伝わってくる。
価値は意味に非常に近いと解釈をしていたが、「思い込み」とすると、より分かりやすい。
人間は、それぞれの思い込みの中で生きている。その思い込みは子供の頃からの周囲の刷り込みがベースになる。
その刷り込みから脱皮していく経験と知識の蓄積が教養になっていく。 大きな挫折をすると、思い込みが破壊される。
創造と破壊は裏腹であるが、思い込み(価値観)の破壊も重要である。それが節目の切欠になる。
「互いの価値観が違う」というが、「互いの思い込み違う」ことでしかないのが分かる。
まずは自分が何を思い込んでいるかを知ることが、第一歩。 それも、思い込みになるかもしれない。
価値、意味、思い込みを、絡めて一文をつくると
「価値、価値観と難しいそうにいうけど、そんなことは思い込みという意味でしかない」
・・・・・・・
2010年04月01日(木)
3293, 人みな骨になるならば ー9
* なぜ簡単に(エゴ)捨てられないのか
「なぜ簡単に人間はエゴを捨てられないのか」が、理路整然と書かれている。
ー まずは、その部分を抜粋して考えてみる ー
試みに、街を歩きながらエゴの武装解除をしていき、「すべてはブラフマンの現われである。あの広告塔も、
こなたの酔っ払いも、私と同根のものだと実感する修行を続けてみるがよい。 その結果、わかることは、
目の前にある山川草木、鳥獣虫魚はもちろんのこと広告塔や塵芥とさえ、つながっている感覚をわずかに持つことができる。
一番難しいのは、むしろ他の人間と通底しているという実感である。これは予想外のことだ。 人間は他の人間との差異に対して
最も敏感である。 もちろん修行などしなくても、抽象的な「人類」や「同国民」と連帯しているような感覚を持つことができる。
われわれはスローガンとしての連帯や仲間意識は大好きなのである。しかし、通底体験というのは、そうした観念上のものではなく、
目の前の太ったオバちゃん、向こうからやってくるダラシない若者との瞑想的な一体感なのである。 これが実は難しい。
このことは、おそらく自我の意識というものが、主として社会集団において自己と他の具体的な成員と
区別をするために発生したのではないかと疑わせる。人間らしさの殆んどの特質が、他の人間との生存競争を
通じて進化してきたと主張する学者が多い。 人の容姿はもとより言語や知略も、たぶんサーベルタイガーや
マンモス相手に開発されたものではない。 異性や仲間との付き合い上、是非とも必要だったのだろう。
自我もまた水辺やサバンナでの生計とか氷河期の気候とかに適応するためでなく、狡猾な同族であるヒト相手の
社会生活を生き抜くために必要だったからだ。
▼ 映画の「2012」でも、世界の滅亡に、世界各国が協力しあう場面が、これを読んで浮かんできた。
人の差異は、外敵に対してでなく、社会集団における自己と他者との生存競争を通じて進化してきた!というのが、
鋭い指摘である。 40年前の学生闘争の嵐の中で、田舎出の教条主義の「あれ等」は、同じ方向の分派達との
争いの方が、残酷な死闘になっていった。 殺人の過半数以上が家庭・親族という事実と同じである。
人間の遺伝子の性格は利己主義という。 それを抑えるのではなく、他者の迷惑にならないようにすることと、
社会の有益な何かに向けることが、人から人間になることだろうが、それは建前と割り切るのではなく、
[5]続きを読む
04月01日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る