ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4394, 私たちの住む宇宙は、10の27乗・10の−35乗の世界 ー1
この時、つくづく時代の激変の恐ろしさを痛感した。その最悪の出発の中で、テナントとして商売を当て、ビルそのものを
活性化しなければならない。 父親の死の問題もあって、この時は必勝が絶対条件の土壇場であった。衣料スーパーは立地的にみて
商圏が狭すぎ現実的でない。考え抜いたのが当時、破竹の勢いで店舗展開していた養老の滝のFC。その暖簾なら確実に客を確実に
呼び寄せると直感。 そして、ビルの完成と同時に養老の滝のオープン。 その1ヶ月後の結婚と、慌しい日々が続いていった。
連日、朝の7時から23時までの激務である。
≪ ー 養老の瀧1122号店、店長の日々 ー H・0907
両親の創業を幼児の時みていて、その厳しさを知っていたつもりだったが、自分がその立場に立ってみて、その認識の甘さを思い知った。
千葉の新興住宅地(五万人)の十字路に“貸ビルの建築”“養老の瀧オ−プン”“結婚”という人生の初体験を同時に始めた。
丁度石油ショックにより高度成長期が弾け、ビルの前の数千世帯のマンション計画が中止となり、最悪の出発となってしまたった。
そしてオ−プン...!完全にパニック状態!オ−プン人気も含めお客の列!しかし、全くの素人である。ビル建築等、他に諸々が重なり、
地獄のような日になってしまった。 当初の、2〜3ヶ月は朝8時より夜半の1時までの激務であった。指導員と私とアシスタントの
3人の激しい日々であった。“勤め人”と自営業の立場の大転換がその時おこった。それまでは8時間プラス2〜3時間、という立場が、
“24時間(休んでいても仕事のうち)仕事”という立場になった。サラリ−マンが事業をおこし大部分が失敗するのは前者より
脱皮できない為である。 大手ス−パ−の創業期に入社、異常に近い厳しい世界に3年近くいたが..その厳しさが全く違う。はじめの
数ヶ月は、今日辞めるか明日辞めるかという位、厳しいものであった。あの空ビルをテナントで埋めなければ、私の立場が無くなる!
という前提があった為乗り越えられたと思うが。でも不思議なもので、真っ正面より立ち向かっていると、いつの間にか辛さが
辛さでなくなってくる、適応能力が自然についてくるのだ。 ヤクザ、土方、得体の知れない人間に“気違い水=酒”を飲ませているのだ。
それと兎にも角にも全くの無警察状態に近いのだ。そこで自分で店を衛らなくてはならない。酒を飲んだ人間の
本当の恐ろしさをそれまで、ほとんど知らなかったためだろう、命が幾つあっても足らない事件が月に一度はおきた。恐怖の中で
1人トイレの中で(他の人にはわからないように)震えた事があった。そこで、大きく唸った。 そしてお客に対処したところ
腹が据わったのだろう、お客が逆に竦んでしまった。“これだ!”と直感した。また店の従業員に前もって、うち合せをしておき、
お客に怒鳴る変わりに従業員を怒鳴りつけ竦ませたり、土壇場に立つと知恵がついてくる。フランチャイズのシステムは今でも
素晴らしいものであった。標準化、単純化、マニュアル化がきっちりできあがっていた。創業時の勉強という点、
このシステムは自らに非常に有効に働いたと振り返って思えるようになった。 創業は辛い! 1973.11.07〜 ≫
▼ 計画も、それが完成をした時に、時代が全く変わってしまう経験を創業の出だしに経験することになった。現在からみると、
良い経験だが、実際に窮地に立つと、思わぬ力と知恵が湧いてくるもの。必死に問題の中心にエネルギーを集中していると、
思わぬところからチャンスが転がり込んでくるもの。
・・・・・・
3290, 地震 ーつれづれに ー13
2010年03月28日(日)
* メルトダウンが始った?
2号機の付属建物で高濃度の放射能が検出された。濃度が《1000万倍》。メルトダウンが急速に進んでいるのか? 爆発が起こる
可能性があるのか?。急に政府が副首都を大阪といい始めたのは何故?等々、疑問が出てきたが、どうなるのだろう? 大使館が大阪や
京都に移動したり、外国人が大挙して帰国していったのは、正しい情報を持っていたため?知らぬが仏の仏様は日本人の茹で蛙だけか!
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03月28日(木)
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