ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4374, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー6
自分のために整理し知識として残すのが目的だが、せっかくの獲物?を共有することで、学び続ける動機づけにしている。 
気楽に、面白可笑しく、バカ丸出しで、地頭で、書いたため、それが、そのまま伝わっていたはず。 それも四千ともなると、
自分の脳内そのものでもある。 自分の貯めた文章を毎朝、同月同日分を読む楽しみは格別。今では、その日書いた分を含めると
11年分の同日の自分に出会っている。 書いたことも、その内容も、ほぼ忘れた文章が、早朝に読み返すのは不思議で奇妙な感覚になる。 
だから倒産とか、それに関わる嫌な日々も、この御陰で毎朝、心が洗われる。 文章を起承転結でまとめるのはプロならいざしらず、
気力が無いと無理。 但し、一度、その習慣をつければしめたもの。 しかしブログに字数制限があるため、当日分の書いた分だけ、
過去に書いた文章をカットする。それが、身を切る思いになる。しかし、それが好い加減な文章を書くと数年もしないうちに、
自分の手で削除することになるので、内容の質を落とせなくなる効用がある。 文は、一度書き、アップすると、あとに戻せない。
何気なく書いたために明らかに傷をつけた人が何人かいる。 注意はしているが、厳重な注意が必要だが、それが見えなくなってしまう。
時系列に書き続けていると、ある意味で、メモ帳、雑記帳にもなるが、毎日、書き連ね、別ボックスに分類すると、違った意味で、
価値が出来てくる。 また分類ボックスの一番下に、過去に書いた文章の検索が出来るようになっている。 時々、検索をすると、
キーワードの入った文章が出てくる。もし、秘境旅行、と入れれば、過去に書いた文章が時系列に出てくる。これは記憶の検索になる。
  以下の、千、二千、三千も、それぞれ検索で調べたもの。 
・・・・・・・・
2003/12/30
1000, \(~o~)/千日の随想日記!
 1昨年の5月2日から今日の12月30日までは973日である。更に旅行をしていて休んだ一回分の日にちを加えると
約35〜40が合わない。調べてみると206〜222とか250,251辺りとか何箇所かが間違いている。しかし小説風の「宗親日記」が
大体その位の数を書いているので、合わせて一千回の到着日とすることにした。 あくまで自分ひとりの記念でしかない。
 子孫への永久保存版としてー「子供や孫に見せるように」と、また「遺言」のつもりで書いてきた(書き始めて一年位経ってからだが)。
だから続いたのだろう。自分の父親や、祖父がこのような文章を残していたら、実際のところ面白いだろう。いま考えてみると、
随想日記を書き始めた日を境に自分が間違いなく変った。一日一日が充実してきた。 20〜30人位?の人に毎日読まれていると思うと、
見守られているような感覚になる。 作家などの物書きが必死になって書くのも解るような気がする。 死ぬ前に全てを消し去るのもよいし、
また書き残すもよいのだろう。いずれにしても50年以上は残らないのだろう。 いや死んだと同時に消滅してしまうか。
そうすると生前葬の遺言みたい、いや墓みたいなものだ。 ところで実感としていうと一番勉強になり良いのが、自分。
・テーマ探しに46時中頭が1杯    ・そして構成に苦労して
・書き上げた後に、何回か書き直し   ・誤字と矛盾をさがす
そのプロセスで内容を練り上げることが、思考を練ることになるからだ。といってこの程度の内容であるが。
 ス〜と書ける日はよいが、全く書けない日がある。それでも何とか書くからよいのだ。
・・・・・・
2006/09/25
2001, 二千日の随想日記!          おはよ〜!(*^ワ^*)i (~O~)ふぁ・・
 この随想日記が昨日で2千回目になった。母の十周忌の命日というのも何かの因縁である。 
千回時の達成感ほどではないが、やはり2千回は・・・。 といって意識したのは3日前だから、
千回の時ほど達成感がないのは事実。千回時ほどの心理的な圧迫感がないが、常に黒い影?に追われている感覚は同じ。
あまり深刻に考えないで、書けることを書けばよい!と気楽に思うようにしている。一種の気楽な喜〔苦〕業と思えばよい。

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03月08日(金)
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