ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4241, 閑話小題 ーある居酒屋で
見極めがつかないが、兎にも角にも、1〜2年で終わらない政権であって欲しいもの。時代の変化は激しい!
  * 最近、ちなみに感じること
 一年ほど前に、林秀彦著の「9.11・考えない・日本人」の読書日記を書いていた。この春に大きな人生の節目を経験し、
その後も、色いろ考えさせられることが多くあった。そのプロセスの中で見えてくるのは、この書のとおり、
「大部分の人は全く考えないということ」である。 という私も、考えが足らなかったので、この結末を迎えてしまった。
偉そうなことは言えた立場ではない。 考えるとは、目的、目標に向かう時、最短距離と、不足しているものを探すプロセス。
他にも、目的が無くとも、楽しいと思えることを探すことも、考えることになる。 林秀彦は、アメリカの戦後占領政策の
一環として、日本人に考えさせない教育をしてきた。その結果として、考えない日本人の現在があると指摘している。
この10年近く、哲学書の入門レベルの本を読み続けてきた。 考えるとは何か、考えるべきことは何か、を考え続けてきた。
その積み重ねから分かり始めたことは、自分も含めた大多数の「考えない、考えられない日本人」の現状である。
その大敵は、TVであり、ネットであり、映画である。とすると、その考えない日本人の典型は自分ということになる。
それでも、何とか考える時間は持っているつもりだが、それを全て、文明の力?が破壊している。
 考えないことを、日本人だけでなく、自分の中に見るべき、ということ。 「下手な考え、休むに似たり」もあるが。
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3511, ユダヤ人の頭脳活性法 ー5
2010年11月05日(金)
  「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
  * 感じたことをどう表現するか
 10年近く毎日、テーマ日記を書いてきた。そして得たことは、感じたことを、素直に表現できるようになったこと。
それは前日書いた文章を、早朝40〜60分かけて添削し続けてきたからである。たった、この短い文章にである。
そのため過去に自分が書いた同月同日の文章を読んでいて、時間をかけたエネルギーを文章の中に感じ取ることができる。
魂の一片である。 言葉のデッサンの修正と、色づけをしていたことになる。 知人が、あれだけ自分にはスラスラ書けないと、
諦め顔でいったが、私だって出来ないのを一番知っている。スラスラ書けるようになるには、文筆業でしか生活が出来ない
土壇場を経験してきたプロでしか出来ないはず。 天才は別だが。早朝、何度か書き換えてアップロードする時に必ず
「稚拙だが、これしか書けない!」という思いで吹っ切っている。さらに自分の文章の蔵庫を開放しているに過ぎないと。
満足に近いのは年に数回しかない。それも自画自賛で我を見失っている時である。それ位、感じたことを適切に表現することは難しい。
いや、その感じているそれさえ、疑問を持っている。(この本のマトメというより、自己主張になっているか)
この本に【短くても素直な言葉、素直な表現、素直な組み立てで自分の心にある思いを表現する、それが考えるということ】
とあるが、それが考えることの基本である。素直な心−ことばは、おのずと独特の音、独自の韻を持っていると、著者は述べているが、
その自然の抑揚と響きが読者の心を打つのである。 過去10年近くの文章を毎日読み続けていると、ただ書き写した文章と、
自分の脳を通して消化してある文章の差を自分が一番敏感に知ることになる。 
素直に発したことばは、時空を超えて過去の自分に邂逅できる。だから、素直になるしかない。
それが毎朝となれば、添削の作業そのものが瞑想そのものに近くなる。それと過去の文章を無心で読むことも。
だから続いている。  この文章は、著者に触発されて、私が感じたことを、そのまま書いてしまった。
 ところで今度、実際のダ・ビィンチなどのデッサンの模写をしてみようか。 名画の模写と、名文の模写は基本である。
  ー文字制限のため毎日、文章をカットしているが、これが自分の身を切るようで辛いー
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3136,脳と日本人 −2
2009年11月05日(木)

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