ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[394162hit]
■4141, 閑話小題 ーユーロ安など
前例のないことだった。・・ヴィルヘルムは老人に、「あなたはどういうふうにして雨を降らしたのか」と聞いた。 老人は、自分が
それをしたのではないと答えた。「私はあらゆることがきちんとしている国からやって来ました。雨が降るぺきときには雨が降り、晴れが
必要になれば晴れます。人々自身がきちんとしています。ところが、この村の人々はみな、道からはずれていますし、自分自身からも
はずれています。 私はこの村に到着してすぐに、それにうつり(感染し)ました。それで、私は一人になれるように、村はずれの一軒の
小屋を所望したのです。私がもう一度道にかなうようになったとき、雨が降りました」と。「道と自分自身にかなう」と老人が言っている
ことは、ユングが個性化と言っているもの。脳の二つの半分の間に適切な交通があった。> 雨が降らない村の人々は、左脳の自我で
支配されていた。左脳の自我は、もろもろの問題に過剰に反応する傾向にある。・・アメリカのハワード・ミラーは、人間には既に、
ある形の能動的想像を持っているとミラーがいっているのは実際には、右脳は オーケストラ、左脳が指揮者だということだ。】
▼ 連続シリーズの夢は、一種の能動的想像になるのだろうか。人は夢日記をつけると、つけないとでは、大きな違いが出てくる。
夢は、潜在意識を覗く手立て。それを記録にして書き残す習慣は、考えてみれば自分を知る一番の方法である。 父親の初七日に、
父のベッドでみた夢(以前にも書いたことがあったが)。父親の魂が私に入れ替わってしまった夢である。 父がガン末期で、
死の恐怖と闘っていた時に、傍にいて、それが直に伝わってきていた。そして、初七日に、その恐怖心が、そのまま夢で、
体感したのである。問題は、それから。ハッとして目覚めたとき、父親の自分が、私として存在している奇妙な実感である。
それから、私に10年以上、変な感覚が身についてしまったのである。今から思うと、その感覚を使って、もっと見るべき
世界を見てきた方が良かったが、それは今だから言えること。自分の内なる沼には、底知れぬ深さがある。
・・・・・・・
3410, この国の終わり −6
2010年07月27日(火)
* 日本の余命はあと僅かである (P・107)
どの時代でも、彼らの邪悪な発想(考える能力)は私たちの発想をはるかに超えていた。 彼らの悪辣さの度合いは、
日本人の常識ではとてもついていけない。そのため私たちは、世界を覆っている真実に対し、考えることを放棄し信じることをやめる。
福沢諭吉は彼の『文明論之概略』の中で、開国を迫る列強の真意を次のように要約している。
≪ 即ち彼ら毛唐(=「外国人」の蔑称)の本音は、要するに「自分たちと商売をせよ、さもなくば殺す、と言っているのだ」と看破。
その性温厚にして軟弱な江戸時代までの日本人にとって、この考え方は常識をはるかにはずれた奇想天外の暴言であり、
だからこそ福沢もわざわざその事実を本の中でコメントしているのだ。 しかし彼らにとっては常識も常識、至極まっとうな
言い分であり、数万年の歴史をそれのみ集中して生きてきたといっても過言ではない。
そのような「彼ら」が、いままでは局地的な侵略と征服のみで過ごしてきたのは、ただ単に地球を一極支配するだけの能力が、
いま少し足りなかっただけのことである。 あるいはIT革命、情報革命といった、新しい最終的な手段が出そろっていなかった
ためでもある。 彼らはそれらが出そろうまで、辛抱強く臥薪嘗胆してきた。虎視眈々と、いまに見ていろと舌なめずりをしながら、
それでもその時々にできうる最高の手段で、一極支配の地ならしをしてきたのである。 そしていますべてを手中にし、
すべての条件が整ったというわけだ。 福沢は彼らの言い分を「商売をせよ」と、当時の日本人がやっとフォローできる表現を使って
解説したが、本当はそんな生易しいものではない。 彼らが歴史で実証していることは、「自分たちの奴隷になれ、さもなくば殺す」
[5]続きを読む
07月27日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る