ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[394219hit]
■4101, 予言の書「日本の自殺」 ー5
こうした人々についていつか書いてみたいと思っていました。』が、この本のアラスジになる。 どうも人は自分の安心できる
居場所がないのが悩みのようだ。 過って、「自分の居場所」のテーマで書いたことがあった。
9年前に<2002年06月07日(金) 430,自分の居場所 >を書いていた。 まず、その内容から・・
【 誰もが自分の居場所を持っている。逆に居場所がないということは、非常に厳しい状態の時である。
自宅の自分の場所、会社の自分の場所、通勤の自分の場所、日祭日の自分の居場所、全て時間と同時に変わっていく。
20代のある時、ある姉にいわれた。「あなたはすぐ自分の居場所を作り始める。まず部屋に椅子と机に本棚に本と手帳を配置する。
それで、あなたの居場所ができあがる。あなたが座ると何気なく自分の物を机の上などに配置し、いつの間にあなたの場所ができている。」
犬のマーキングのようなものか。 私だけでなく人間は同じようことをしているはずだが、少し過剰?
《居場所とは、・自分が一人でいても寂しくないところ ・何かをしていて自分が生き生きしてるところ ・すわり心地の良いところ》
そうすると趣味に没頭している時と場所が心の居場所だ。 毎朝あげるお経もそうかもしれない。 引っ越したら、別に住まいだけでなく、
まずは居酒屋、そして昼飯を食べる店と自分の座る席。 猫もそれを本能的にしているはずだ、テリトリーとして。 】
▼ 私の場合、大人数の家族の末っ子ということで、あまり母は叱咤激励をしなかった。目が行き届かなかったのだろう。
著者は精神的に心の奥底で母親の影響が大きく、目の前に居なくとも自分の安心できる場所を確保できない人を患者にした先生だ。。
現在、会社を倒産で失った事態である。 会社は当然、居場所の大きな部分を占めていた。 が、あまり喪失感はない。
つきつめると、生前の両親との関係が良好だったことにあるのか?。喪失に伴う痛みが、心の奥では何とか吸収してくれるのも、
自分との折り合いが比較的うまくいっているためなのか。 会社の事務所に座っていた居場所が、ほぼ同じ感覚で、仏間の一角の
書斎コーナーに移動できたこともある。そこに座っていると、本当に落ち着く。毎日が日曜日になった現在、家内と居間で対峙していて、
互いにイライラしてくると、家内が寝室のTVの前に行くか、私が仏間に行くかで、住み分けが可能である。 その意味で、本拠地が
出来てホッとしている。それとも、このHPが自分の居場所? 毎朝、10年分を読み返している時が、居場所に居る! 感がする。
・・・・・
3370, デジカメを買えかえた!
2010年06月17日(木)
私はパソコン、デジカメ、iPod、iPhone、デジタル一眼レフ、デジタル・ビデオ、そしてフォトストレージ(デジカメ写真の蓄積端末)
などの情報端末を持っている。 ベジタリアンを捩ってデジタリアンを自称しているが、今では大部分の人が、この程度なら持っているか?。
毎日のブログの書き込みや、ウォーキング、サイクリングの際の必需品である。(TVとビデオ機器とステレオもあるが・・・)
その中でデジカメとiPodとiPhoneは肌身はなさず常時持ち歩いている。ブログの読書日記を書くさい本の文章の取り込みにも、
デジカメを使っている。
( 字数制限のためカット 2011年6月17日 )
・・・・・・・・・
2995、ピーク・エンドの法則
2009年06月17日(水)
ピーク・エンドの法則とは、ダニエル・カーネマンが1999年に発表した、「あらゆる経験の快苦の記憶は、ほぼ完全にピーク時と
終了時の快苦の度合いで決まる」という法則である。映画で、強く記憶に残るのは、最高の見せ場のシーンと最後のラストシーンになる。
「終わりよければすべてよし」 というのも当てはまる。経験の記憶は主観によって変えられ、その出来事の長さには関係ない特徴がある。
人間の記憶は、自分で都合の良いように捏造するところがある。人間は全てを逐一記憶できないので、ピーク時と最後あたりの記憶が、
[5]続きを読む
06月17日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る