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堀井On-Line
by horii86
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■3889, 積極的逸脱 ー2
毎日、二〜三時間かけてレポート1〜2枚分の文章を書き続けて8年半経つ。 自分のメルクマールのため続けているが、
この習慣で得たことは、「インプットした知識もあるが、各種の題材を探し出し、その要点をまとめ上げる過程で身に付いた
本質を見抜く視点と、それを起承転結にシンプルにまとめる論理力がついたことにある。」 論理構成力こそが、自分の核である。
その核?はウネウネとトグロを巻いているようで、ブラックホールのようなトンネルの先の別世界に繋がっているようにも思える。
大した論理構成力でないが、その蓄積と、その発酵は、トンネルの先で起こっているようだ。純真の視点ということか。
何かのイベントに参加すると、その事象をスラスラと文章化できるようになったのが一番の収穫である。
それは記憶のパッケージ化をしていることになる。その蓄積は人生経験を豊かにしてくれる。デジカメで日常の写真を撮り、
そこに言葉を添えて毎日の日記帳にすれば、それだけで豊かな気持ちになれる。 その人によるが。
* ブルーレイ録画機
7年間使ってきた、DVD録画機が故障を始めたので、ブルーレイをネットで買った。量販店の7〜8掛けである。
(字数制限のためカット2011年11月18日)
* オモシロ、オカシク
20年ほど前になるが、何処かの企業の創業者が、自社の理念を「オモシロ、オカシク」にして注目を浴びたが、
最近はあまり聞かなくなった。 「この不景気に、何がオモシロ、オカシクだ」ということだろう。
(字数制限のためカット2011年11月18日)
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2784, こんな経験したことありますか?
2008年11月18日(火)
下記に近いことを、私は何度も経験している。人間の五感が受けるのは、普段動いている五感の範囲のことでしかない。
犬は数万キロの彼方の子供の泣き声を感じ取れるというし、象は遠くの仲間の音波信号を感じ取れる。
以下の内容は不思議でもなんでもない。普段は動かなかった感覚が動いただけのこと。
絵に残った痕跡が著者の心の奥の何かに反応し、墓に感応しただけ。でも、何ともいえない著者の心の内が顕れている。
ーー
*うぶだしや* (うぶだしや=遺品買取屋)
「大正の末か昭和初年でしょうか?職業画家のものにはみえない」それらは令嬢の死をいたむものだった。
ほかにもたくさんの政界の名士が弔辞をよせていた。令嬢は長く病床にあッたという。肺を病んでいたのだろう、と私は思った。
友達が学校に通い、結婚していくなかで、令嬢は、ずっと病床にあって、死病に向きあっていたにちがいない。
思えぱ、日本画に描かれているものは、彼女が送ることのできなかった女の幸せな日常ばかりであった。
彼女は、死にゆくなかで、絵筆をとり、現実には、自分が送る二とのできない憧れの生活を描きつづけていた。
そのせいか彼女の残した日本面はどこか畏様な気配がただよっていた。日本画は通信添削で習っていたのか、
絵の裏に、師匠の画評が書き込まれていた。 彼女の遺品のなかに「磨かずぱ玉も鏡もなにかせむ学びの道もかくこそありけれ」
と書かれた額があった。 昭和皇太后の肉歌であった。私が、それをながめていると、うぶだし屋が、そっといった。
「これ!もう売ったんですか?一枚だけでいいですから、ぼくに売ってください!」
「ようござんす。まだ商売になっちゃいない。一番、いいのをひとつ選んでおくんなさい」うぶだし屋は、大きくうなずいた。
うれしそうであった。私は、髪をたばねた少女が着物にエプロン姿で立ち、カフェで給仕をしている絵を一枚えらんだ。
お代は二千円。このうぶだし屋は、ただ同然で品物をゆずるときは二千円ときめていて、だまって指を二本たてる癖がある。
私はその絵を大切にした。箱にいれて、しまっておき、ときどき取り出しては、うっとりとながめた。
画中の女は、美しいというより、どこか寂しげであった。 だが、あるとき、ほかの骨董屋に、こんなことがあったと、
右のいきさつを話したら、その骨董屋の顔色が変わった。「先生、そういうお品はいけません。それ死人の念のこもった御品です。
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11月18日(金)
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