ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3820, 哲学人 ー⑪
そこには、桜井たえ子という渥美先生の片腕の女史がいるが、彼女がペガサスを支えることができるかどうか?  昭和30年半ば、
大手スーパーや専門チェーンの創業経営者のほとんどが渥美先生の元に終結、成長・拡大し、そして消えていった。現在でも流通界における
カリスマ的指導者で、亡くなる直前まで講義を続けていた。氏が主宰していた「ペガサスクラブ」の指導は厳しいのは衆知のこと。
日本の高度成長を流通面から支えた貢献は多大である。 バブル崩壊後は、ダイエー・マイカル・西武流通グループの倒産が象徴するように、
チェーンストア理論が必ずしも有効に機能しない側面が表面化し、これまでの勢い失っていった。最近ではユニクロのように、ペガサスに
創業当初から属さない成長チェーンも出現してきている。 学生時代、大学の近くの書店で月刊誌の「販売革新」を手に取り、渥美俊一が
「ペガサスクラブ」を立ち上げ、ダイエー、ヨーカ堂などのチェーン店のコンサルタントをしていることを知った。
そして、「チェーンストアへの道」という10巻シリーズのチェーンストアつくりの戦略、手法が書かれている理論を貪り読んだ。
そして、それをベースに卒論「流通革命」を書いた。 それもあってジャスコの創業一期生として入社をした。そうこうあって渥美先生には、
大きな影響を受けた。そして現事業の立ち上げでは、その裏づけとしての理論的背景にチェーン理論があった。 
セミナーだけで、50〜60回は出続けた。 その費用は、長岡市郊外の二つの土地転がしで直ぐに元は取れた。 
立地論から、バイパス沿いの若い土地の短期転売で利益を得て、その理論の正しさを確認した。 しかし20年前にバブルが弾けた瞬間、
彼の理論は、時代とはかけ離れたものとなってしまった。「バランスシートの右と左を拡大しながら店数を増やしなさい。
それも町のバイパス沿いのヘソ(要所)を見つけ、自店舗を建てることで価値をあげ、それを担保に拡大出店を続けなさい」という理屈である。
 またアメリカの流通事例を見せるため店舗見学ツアーを組んで、2、300人と連れて行くのである。私も二度、参加したことがある。
大量生産、大量消費の時代、流通システムが全く旧態だった日本に、新しいバイパスとして、スーパーや、総合量販店、専門店を、
チェーン化で、販売経路の拡大戦略を指導してきたのである。彼は死ぬ直前まで、「日本の流通は未完である」と、その指導の手を
緩めることがなかったのは、やはり経営コンサルタントとしては、超一級だった証である。 ご苦労様。 ご冥福を! 
 ・・・・・・・
3080,再び死について考えてみる
 2009年09月10日(木)
 一昨日、従姉妹の通夜に参列をしてきた。 地元の米屋に嫁に行ったが、小姑が多くいて難儀をしていると聞いていた。
「この世に、今時にこんな厳しい嫁の環境があるのだろうか」と思われるほどの重荷を背負っていたようだ。その10日ほど前に、
長岡のグリーン・ホテルの先代社長が先月27日に亡くなったと死亡広告にあった。一度、当方の事務所に来たことがあったが、
創業時にホテル業についての話を聞きに行った事があった。暗い顔をした気難しそうな人だった。「自分の兄弟二人が、新潟駅前で
ホテルをしているのを知らないね」と言われ、それさえ知らない無知を恥じた記憶がある。 三条、柏崎、長岡三棟、東京の上野近くで
6棟を建て、子供たちに一棟ずつ与えるのが夢だったというから、それはそれで・・。  ところで、身近な知り合いと、
第三者の中間の立ち位置の「二・五人称の人」が死を考えるに最適という。第三者と第二者=知人と中間の立場の立場の死から
多くのことが見えてくる。知っている程度の人である。「死ぬ=無になる」、という論理の矛盾(無になる〜無には成りようがない
ー無いものに何故なる?)という池田晶子の言葉の通りに、死という言葉のイメージが刷り込まれる立ち位置にあるのが2・5人称の人。
10歳の頃、親戚の葬式に親と出席した時に思った、「何で人は周囲の眼を気にして好き放題生きないのだろうか?」と。

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09月10日(土)
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