ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3778, ユング ー12
男80歳弱、女86歳強の平均年齢と先日、発表されたが、まあ全体活き活きしており、その位は生きそうだ。
それにしても、65歳は長く生きたものである。この年齢になると分かってくることは、人生は生きること、そのことが
目的である。それで充分。 しかし、恵まれている人は何処までも恵まれており、そうでない人は、そこから抜け出せないのが
人生のようだ。九州など県外からの出席者が三分の一位だったが、一回ごとが一期一会になる。
子供の頃の想い出は魂の故郷というが、昔話に花咲くとき、なるほどと合点がいく。通ってきた道で出会うことは、
奇跡的なこと。一人ひとりには、それぞれの宇宙がある。その宇宙同士が触れ合うのは素晴らしいと、歳を重ねるごと実感する。 
 それにしても、幹事は大変である。 とりつかれたように役をこなしていたが頭が下がる!
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3038,明日になれば何とかなる!
 2009年07月30日(木)
 これは菊田一夫の言葉である。 誰もそうであるように、若いときは心配性の傾向が強い。そして長い人生で色いろ経験して
分かったことは「先の心配事は、その時になってから当たるしかない。で、今は問題の中心から目を外さないこと。 
明日は、明日の風が吹く。今心配しても、今心配している範囲のことしか考えられないのだから、それ以上のことは考ても同じこと」
である。「明日になれば何とかなる」の菊池の土壇場での悟りのような言葉は、何か心に迫ってくる。創業時の不安感は、
底知れない海の上を小さなボートで漂っているようであった。 そういえば一休の逸話があった。
 一休禅師が亡くなる直前に、三巻の巻物を弟子たちに遺した。 そして・・・
「この先、私が亡くなった後本当に困り果てた時にだけ、これを開けなさい。それまでは絶対に開けてはならない」と遺言し、
遷化されました。何年か後に、寺に大問題が持ち上がり、寺の存亡の一大事になりました。弟子たちは、知恵の限りを尽くしましたが、
妙案を思いつかず、どうしようもなくなってしまった。そのとき、一休禅師が遺してくれた巻物のことを思い出して、
恐る恐る紐解いてみると、そこにはこう書かれていた。
 一巻目・・・大丈夫  二巻目・・・心配するな  三巻目・・・なんとかなる
 それを見た弟子たちは、あっけにとられ、笑い出した。そして、そのときに素晴らしい解決策を思い浮かべた。
 「なんとかなる」と信じていたら、本当に「なんとかなる」もの。
 「なんとかなる」だけではなく、人生は思いようで、本当は「なんとでもなる」ということである。
 19才でライ病発生以来深刻な体験をもとにリアルな小説「いのちの初夜」などを書いた北条民雄に次の言葉がある。
《 私にとって最も不快なものは、あきらめである。 あきらめ切れぬ、という言葉は、あきらめを肯定してそれに
 到達しえぬ場合にのみ用うべきものである。が、私はあきらめを敵とする。私の日々の努力は実にこのあきらめと戦うことである。
 あきらめるくらいなら自殺した方がよほどましである。 というよりも、あきらめと戦うためには私は決して自殺をも否定しない。
 死んで勝ということは絶対にないが、しかし死んで敗北から逃れるということはあるのである。》 (北条民雄(頃日雑記より)
 絶望の果てに行き着いた言葉だから、鬼気迫ってくるのである。 
 明日になれば何とかなると、何もしないで生涯を過ごした人を多く見てきたが・・ 大部分の人は似たようなもの?
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2673, iPhoneは、超小型パソコンだった!
 2008年07月30日(水)                    (っ´Ι`)っ { おはよう
一昨日、iPhoeを購入した。新潟市郊外の赤道の山田デンキで買ったが、説明やら、手続きに二時間もかかってしまった。 
購入の手助けをしてくれた知人と、購入直後に居酒屋で操作をしながら、「これは何だ?」と丁度よい酒の肴になった。
携帯電話や、情報だけの端末ではないし、パソコンの括りにも入らないし、何だろうかと? 私が玩具ではないか?というと、

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07月30日(土)
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