ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3758, ユング ー 1
イライラの塊のような人が多いという事実がある。 しかし今度は自分が60歳を過ぎた辺りから、イライラが多くなってきた。
それは肉体の老化の上に、精神の老化もある。あの出会ったイライラした老人の不快を自分が、その歳になって始めて気づいたのである。
なるほど人生は60歳までと曽野綾子が述べていたが、その一端が分かってきた。それと社会は年寄り向きには出来ていない。
円熟なんぞは、年寄り仲間でしか通用しないのも、道理である。むしろ不機嫌、イライラは避けることの出来ない事態と割り切って、
人に見せないようにカモフラージュすべきである。 自分もそうであるように、同年代の知人も老化現象が起こっている。
他人から聞いた片耳で喧嘩を仕掛けてくる、それを、待ってましたとばかり受けて立つ、というような老化現象を自分にみる。
先のことを考えられなくなると、過去の経験がフラッシュのように思い浮かぶ。 40年前のことを思い出して独り怒ってみたり、
ニヤニヤしたり、年老いた幼児である。これが高じると痴呆症ということか。 晩年は、冬景色ということか。
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018, 旅する力 ー深夜特急ノート ー2
2009年07月10日(金)
「旅する力ー深夜特急ノート」 沢木耕太郎著 読書日記
第一章 旅という病
* スタインべックの『チャーリーとの旅』には、
―子供のころ、たまらなく何処かに行きたくなると、大人は私に「大きくなれば、そんなに
むずむずしなくなるよ」といったものだ。年齢から見て大人の歳になると、中年になれば収まる、
と言われたものだ。いざ中年になると、今度は「もっと歳になれば、その病は治るよ」といわれた。
いま58歳だが、これだけ歳をとれば大丈夫のはずだが、いっこうになおらない。
解)年齢ごとに行きたくなる場所が変わっていく。だから、その歳ごとに行けるところに行くのが理想的。
時間の隙間を見つけ強引に行くしかない。定年後に行こうとしても、限界がある。準備を充分してもだ。
* もし旅が病だとすれば、私がそれに冒されたのはいつのことだったのだろう。
ひとり電車に乗って行ったあの旅においてだったのだろうか……。その小さな旅がすべての始まりだったかもしれない。
「最初のひとり旅はたった一日で逃げ帰ることになった」 中学生の時、伊豆・大島の三原山を登る途中、
テントを張っている若い男性から「泊まるところが決まっていなかったら泊まってもいいよ」と声をかけられ、
泊めてもらうつもりだったが、犯罪者ではないのかとの疑問が恐怖に変わり、山を下りるとそのまま東京に戻ってしまった。
「たくさんの経験を積んだ今なら、その男性を冷静に判断しただろうが、その時は、誰かが親切にしてくれた場合、
それがどういうことなのかを判断する力量がなかった」
解)私の旅の病は《学生時代の30日間の欧州旅行であった。》
自分を取り囲んでいた殻が、大きくヒビが入り、半年間は放心状態であった。
日が経つほど、ヒビの割れ目が大きくなっていくのが分かった。
その翌年に、北海道の一人旅や、そして九州、紀州、能登と一人旅をした。
一人旅は、一歩踏み出せば気楽で良いことを、その体験上知ったが、世界に出て行く器量はなかった。
もし可能性があるとしたら、20代までだろう。 私の場合は。
あの21歳の時の旅行は、私の人生を大きく変えた。 今から考えてみると、
・世界は広いこと
・人間も社会も普遍的な部分と異質の部分の両面を持っていること
・自分の目線は、多くの世界の目線の一つでしかないこと、この三つを二十代の経験から知ったのである
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653, サッカーやオリンピックで、何故ひとは熱狂するのか
2008年07月10日(木)
あまりサッカーの歴史のない日本人が、欧州や南米のサッカーの盛り上がりに、「何故あそこまで熱狂するのか?」
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07月10日(日)
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