ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[394738hit]
■3716, ジャズについて −10
それを見ることになる。 それはタイムシフトをして見ていることになる。 これまでは、面白くないが他にないから見るか〜
というのが皆無になったのである。 次に最近、急に興味を持ちだした YouTube。 面白くない時は、だいたいは居間にある
パソコンを向かっているが、それが、時々YouTubeを見だしたのである。 これが面白い! キーワードを入れると面白い映像が
次から次へと出てくる。 数年前に、そのYouTubeを買収したGoogleが、ソニーと提携をして、ネットパソコンを
共同で開発するというから、TV局にとって致命傷になる。 さらに、タブレット方式のパソコンの普及がある。
これは居間と部屋で釘付けにされていた視聴パターンが変化することになる。台所や、庭、そして外で見ることになる。
そこにはネット経由の映像が流れる。 これも、さらに総合テレビ局にとってマイナスになる。だらだら流し見していた
テレビの見方が変わることを意味している。その結果、スポンサーはTV局から、サイトの方に変化する。
NHKもさえも大きな岐路に追い込まれることになる。情報革命はテレビ局でさえ飲み込んでしまう。iPadの出現は更に世界を変える!
・・・・・・・・
2976,縁は異なもの ー2
2009年05月29日(金)
「縁は異なもの」 河合隼雄 白州正子 対談集
* 能とは
能といえば高校時代に講堂で学習の一環として見せられたが、「奥行きの深い、そして面白いもの」と感動をした
記憶が鮮明に残っている。その後、TVで何度か観たが初めほどの感動は無くなっていた。生とTVの違いもあるのだろう。
ーこの本の中の、白洲正子の「能」の説明が解りやすいー
《 能はその昔、「猿楽」といって、平安時代ごろから行われた民俗芸能でしたが、室町時代になって、当時流行していた、
ほかの舞踊や流行歌を取り入れ、ひとつの芸能に集大成したという意味です。 そういうふうにして総合されたお能は、
大きく分けますと、舞と歌によって構成されています。歌の部分を舞もしくは謡曲と呼び、芝居の脚本に相当します。
が、ふつうの、台詞は少なく、歌の部分が戯曲や脚本とちがうところは、あくまでも歌いものですから歌が大半をしめている
ということです。謡曲は、それだけでも独立した歌いものですが、能になると舞をともない、伴奏に、大鼓と小鼓と笛、
はなやかな曲には、太鼓も入ります。伴奏のことを囃子といいますが、他に、地の文を合唱する人々を、地謡と呼びます。
謡いの文章は、音楽の拍子に合いやすいように、七五調を基本にしており、散文より詩歌に近いといえましょう。
近いどころか、謡曲は、和歌の伝統のもとに作曲されているといっても過言ではないと思います。
題材を、古い物語や歌集に得ているだけでなく、枕詞・掛詞・縁語などを、たくみにつづり合わせて、叙情的な雰囲気を醸しだす。
(字数制限のためカット 2010年5月29日)
・・・・・・・・
2612、 佐藤優の速読術について
2008年05月29日(木)
「国家の罠」「自壊する帝国」の外務省のノンセクション作家である佐藤優の「速読術」の方法、考え方が面白い。
ーまずは、その概要を私なりにまとめてみた。
・速読法は、基本書を完全にマスターしているから可能であり、基本データが完全にインプットされていない分野では、
無意味である。ヒンズー語を知らないのに、その文献をいくら捲っても理解できないのとおなじことである。
受動的勉強を充分に勉強した上で能動的な速読法ならわかるが、そうでないのは無理がある。
・読書術として、難しい本に二種類あって、*一つは理論がでたらめで難しいフリをしているもの。
*いま一つは議論の積み重ねで構成されているから時間がかかるが、読んでいけば知識が得られるもの。
何故、速読術が必要かといえば、読むに値しない本を見分けるためです。 速読法とは、自分の周辺に押し寄せる、
いい加減な情報を波打ち際でたたく方法である。 つまり一年でどれだけ熟読できるか計算をして成り立つ。
月二冊熟読するのが限度でしょう。その本を熟読するために他を速読するという逆転の発想です。
[5]続きを読む
05月29日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る