ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3691, 自己を見つめる −13
ー以上だが、父の生前の口ぐせ、「死んでしまえば(生きている方からすれば)それまでよ!」である。
あるのは、いま、ここ、だけである。過去の、あの時も、現在も、「いま、ここ」しかない。 一期一会である。
それぞれが、いま、ここ、で生きている。そして、それも、確かに存在していると感じるが、実は幻想。
自分の感覚という器官が能作しているだけである。 夢・幻でしかないのである。 で、確認で酒を飲む、のか!
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2951,人はどうしてオヤジになるか? −2
2009年05月04日(月)
* 女はどうしてオバサンになるか?
「人はどうしてオヤジになるか?」というなら「女はどうしてオバサンになるか?」を考えてみたくなる。
ーそれではオバサンとは、どういう人なのだろか?ー
《30代後半から40歳前後の大きな境目として、女を捨てると同時に恥じらいを捨て「怖いものがなくなった」
存在で、特に徒党を組むと非社会性が露出する。 お婆ちゃんといわれる前に、それまで内に圧縮されていた
エネルギーが非社会的行為として露出する歪んだ「突然変異の一時的生きもの」である。
彼女?を見ようと思ったら、デパ地下とか、ホテルのランチバイキングに行くと徒党を組んだ姿が見られる》
ところで、秘境旅行に行くと、必ずといってよいほど「離れオバサン」が参加している。
これが恐ろしい存在である。具体的に書くのを憚るほど唯我独善。 今回は、そこまでは書かないでおく。
逆に40歳前後までに、女としても人間としても自分を見つめ、「個」としての自分を確立し、責任を持って生き、
自信に満ちた態度を持てる女性を「マダム」という。 それに対しオバサンは自己管理ができないで、
集団化した第三の性化した存在をいう。そうこう見ると、オジサンとオバサンは似ている部分がある。
自分が確立できない哀れな存在で、孤独に耐え切れず、周囲の顔色だけを窺っているところが同じ。
そうもこうも、教養を積んできたかどうかに行き当たるが。その教養とやらも、どうみるかにある。
「で、どうしてオバサン化してしまうのか?」というと、長年の教養の積み重ねをしてない結果の品性の無さが
具現化した姿を言うのだから、ただ現象に流されていれば自然とオバサン化していくのである。
早く、好きなことを見つけて教養として身につけるしかない。 幻想論からみると、品性のあるマダムという自己幻想を常に
意識をして、知識と外見を整えることである。「女を捨てるなというけどね〜、私の魅力を認めてくれる男が何処に
居るっていうのよ」って声が聞こえてきそう。「捨ててしまっているから、魅力が無いの!」水掛け論になるか!
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2587, 幸福大国ブータンから、幸せとは何かを考える
2008年05月04日(日)
国民の97%が幸福と実感し、自殺者ゼロの国、40年前には国土の5割以下だった森林面積が、現在は7割以上に回復し、
経済成長ではなく「国民総幸福」を国の指標とし、独自の「豊かさ」を目指すブータンという国がある。
数年前にTVのドキュメントで見て気になっていたが、図書館で、この国の第四代国王王妃が、その国の素顔と
ブータン人の死生観などを書いていた本を見つけ早速読んでみたが、何とも心の豊かさが滲み出ている内容であった。
ブータンの幸せ指数世界一だが、物資や食料の欠乏は、心の貧困には繋がらない証明になる。
(以下は字数の関係でカット。2001年05月04日)
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2007年05月04日(金)
2222, 平凡って幸せなの? ー2
♪ヾ(*'ー')*'ー')*'ー')/" オッハヨウ!
平凡って幸せなの?という、何気ない家内の質問に、「そういえば、平凡など考えたことがないし、
平凡の日々を過ごしていながら、平凡を嫌って生きてきた自分に気がついた。」というのが本音である。
しかし過去を振り返ると、平凡な日々のなかにこそ人生の真実があったように思える。
しかし、これも縦に立ち上がっている、問題の陰に隠れてしまって記憶には残らない。
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05月04日(水)
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