ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3621,閑話小題
『過って改めざる、これを過ちという』             孔子
『おれは落胆するよりも次の策を考えるほうの人間だ』      坂本竜馬
『つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの』       相田みつを
『他人のように上手くやろうと思わないで、自分らしく失敗しなさい』   大林宣彦
『エジソンは失敗を楽しんでいたんとちゃいますか』           ジミー大西
『生きる力とは、成功を続ける力ではなく、失敗や困難を乗り越える力だ』 松井秀喜
『失敗は問題だ。成功しようとしないのは、もっと問題』         ルーズベルト
『恋をして恋を失ったほうが、一度も恋をしなかったよりましである』   テニソン
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2009/09/18
3088,挫折を考えてみようか −3
 ある人に「あなたの『挫折を考えてみようか ー1』を読んだが、貴方には挫折経験がないのでは?」と言われた。
そこで改めて考えてみた。 大学浪人は、そこで進学を断念したのなら話しは別だが、挫折ではない?
金沢時代も挫折とは違う。目的もしっかりあったし、絶好の体験をしているという実感はあった。
創業を目指して彷徨いながら準備をしていたという明確な絵図があった。そうこう考えると、「挫折体験はないのでは?」
という指摘も正しいことになる。 先が見えないで暗い心情になっていた時期で挫折とはいわない。
そうこう考えると、挫折などと軽々しく言わない方がよい!ということか。ネット辞書によると「挫折とは計画が達成できないで
心が折れてヤル気を失うこと」とあった。挫折は、それまでの自分を一度破壊して新たな自分の創造を促すチャンスになり、
竹の節目に譬えることが出来る。 そこに大きな鍵が隠されている。 超越者の声に敏感になることもある。 
それまでが横の時間なら挫折の時節は縦の時間。「節目を打て!」というが、そこで超越者に試されことでもある。 
物語なら、そこを節目としての転換期になり、「起承転結」の「転」の時になる。
挫折の状態は、追い詰められた状況ほど芸術作品や本などを通した超越者の語りかけに鋭敏になる。
「予定挫折」という言葉がある。 挫折を意図的に入れて置いて、人生の踊り場にするのである。。 
そこは枝葉を切って根を養う時節であり、超越の時節になる。「そうか〜挫折と思い込んでいただけか〜」と思ったが、
それでは、挫折が無かったかというと、勿論ある。実は見落していたのである。 大学浪人や創業時の準備は勘違い? 
しかし深傷だったが。最近になって「自分は中学浪人だった」と、何人かの知人から聞いて驚いたが、一番傷つきやすい時期の、
それから見れば、当時の大学は半分近くが浪人経験者で、挫折でもなんでもない。
また私の姉夫婦と実兄夫婦の倒産劇で、大きく挫折をしたのを間近で見たが、壮年、老年近い挫折は厳しい。 
最近はリストラで日常が挫折だらけになっている。 他人事ではない。 予定挫折ともいかないし。
 幸福というビルの最上階の4Fならいいが、屋上から何は? 挫折を茶化すこともないが・・・
「挫折とは計画が達成できないで心が折れてヤル気を失うこと」か〜! なら日々挫折である。計画が甘いだけ?。
・・・・・・・
哲学について
3087,挫折を考えてみようか −2
2009/09/17
  哲学者のヤスパーの「限界状況」と「包括者」は、なかなか含蓄がある。
ヤスパーは第二次世界大戦でナチへの協力を拒否したため、大学教授を剥奪され、身の危険を感じ
スイスに亡命せざるを得なくなった体験がある。そこから「限界状況」という考えが、色濃く反映している。
『限界状況』とは、突き当たり、そこで挫折するしかない壁、具体的には、死、闘争、悩み、歴史による規定などをいう。 
それらの乗り越え難い厳しい壁を目の前にして、逃避するなら人間は自分を失ってしまう。
反対に、その試練を真摯に受け止めることよって初めて、我われは自分の生きる姿を知ることになる。
 しかし受け止めたところで、限界状況では挫折は避けられない。しかし、この挫折が私たちを超越者(=包括者)

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02月23日(水)
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