ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3452, ニューカレドニアの休暇 −2
相撲部屋は、ヤクザの世界に酷似、縄ばり社会が寄り合っているだけ。部屋がそれぞれボクシングジムのように独立し、
それが集まって大相撲協会をつくっている。 だから,北の湖が言い訳をするのも一理ある。ボクシング協会が、個々の選手の薬物まで
責任はないのと同じである。 そんなことは、どうでもよいが。 今回の土俵外の物語は、ロシアの三人の麻薬事件である。
一月前までは、朝青龍を中心としたモンゴル人がトラブルメーカーだった。
それが一転してロシアの(麻薬)文化?への話題が移ってしまった。朝青龍かたなしである。
今回の物語は北の湖理事長の辞任のプロセスである。今回は、もう無理だろう?しかし・・・・
昨日のニュースでは、期待をしていたとおり相撲協会が尿をすりかえたり、自民党の??あたりが
天皇家への尻尾振りで、政治的な圧力をかけてくるか、などなど漫画的な動きである。
しかし、幾ら程度が低い彼らも、世界的にも注目を浴びているので、腰が引けたのだろう。
日本のマスコミのロシア人兄弟に対する質問が甘い!「ロシア国家に対する代表として、宣誓できますか」の質問をすればよい。
もし、「もちろん、します!」と答えたら、帰国をして数ヶ月以内に行方不明になるだろう。
大相撲を国技としている限り、今後、中国、モンゴル、ロシア、東欧の国家戦略として日本バッシング戦略的対象になる。
大相撲協会は、あまりに、軽く甘い。 私が敵対国の政治家なら、対日の攻撃対象にする。
自国の強い力士に女とか薬を与え、マスコミに騒ぎ立てるか、日本の力士を徹底的に怪我をさせるようにもって行く。
それかモンゴルのように、三役力士を自国の力士で占有する。 その意味で、外国人に開放をしたと同時に、
旧来の国技という名を返上すればよかった。せめて日本の相撲のルーツのあるモンゴルと朝鮮だけに限定すべきだったろう。
それともモンゴリアンだけに。 しかし、現実は現実である。 国技とかいう名を返上、払うべき税金は払い、
横綱審議会など解散することだ。 天皇家も閲覧席などに座らないで、しかるべき警備をして一般席に座るべきだ。
こういう不祥事も、人気取りの前座と考え、割り切っているのもよい。あくまで、格闘技の見世物でしかないのだから。
・・・・・・・・・・
2007年09月07日(金)
2348.ベナレス・・・4
この街では私たちの世界と価値観が逆転しているとさえ感じられる。そしてその不思議さは、私たちが生きる社会への、
痛烈な批判なのかもしれない。朝夕、スワループさんの僧院では神への祈りがささげられる。
そこには路地に暮らす数多くの人が参加し、スワループさんが唱える経典の言葉を聞き、その後に繰り返し唱える。
集まってくる人びとの中には、たくさんの子供たちの姿もあった。かつてスワループさんがそうであったように、
聖地ベナレスに受け継がれてきた伝統が、また次の時代へと伝えられて行くことを感じさせる光景であった。
街が人を生み出し、人が街の営みを支えて行く。こうしてペナレスは聖地としての歴史を刻んできたのである。
スワループさんは月に数回僧院を離れ、寺院やほかの僧院の儀式などに呼ばれ、祈りをささげに行くことがあるという。
多くの場合、その交通手段はボートである。数千年間続いてきた伝統の道に身を投じようとしているスワループさんは、
この街をどう見ているのだろうか。ここで両親を茶毘に付し、また二年前から現世での生活を捨てるという視点から
この街を見つめ続けてきた彼は、ベナレスの街並みが見えるガンジス河の上で、こたえてくれた。「私にとって、この街は
特別なところです。この街はすべてが本物なのです。私は『死』のあり方だけを言っているわけではありません。
この街で暮らす人びとは、とても生き生きと活力に満ちて生きています。それがベナレスの力だと思うのです。
みんな対岸から朝日が昇る光景が好きだと言いますが、私は日暮れ時のべナレスがいちばん好きです。
太陽が街の中心に沈んで、この街にエネルギーが注がれる気がするのです」
「すべてが本物である街」ベナレス。スワループさんが言うように、この街に太陽が沈む光景は、
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09月07日(火)
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