ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3429, 電子書籍の衝撃
少しは違うが、扱いは同じである。 メス猿ぐらいに考えて、目線を同じにしないで一線を画することと、とにかく優しく
親身になるところは同じ。 こと職場では、男女というより人間としての同一の部分を強調して接すればよい。
「相手は生身の人間、それも男女の仲であれば、小手先では無理。 自分の全力を集中しなけらばならない」
「幾つになっても人間の原点は恋愛にある」という主張は納得はする。
アンチ・エイジングにはもってこいだが。 今さらバカくさい方が先にたつ。
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2689, 他山の石のことながら
2008年08月15日(金)
ー大手ファミレス・チェーンが大きく揺れ動きだした
他山の石のことながら、「ファミレス」が石油高と不景気の直撃を受けているだろうと思っていたが、
案の定「外食産業の不振」の記事が毎日新聞に載っていた。(8月13日経済蘭)
ファミレスのトップの「すかいらーく」の創業社長が97?の株式を握る投資会社二社による解任である。
07年12月期に二年連続赤字で、130億の赤字というから大変なことだ。
(字数制限のためカット 2010年8月15日)
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2007年08月15日(水)
2325, ベナレス −1
ー読書日記ー
図書館から何げなく借りてきた本だが、一時間もしないうちに読んでしまった。
写真が半分以上だったこともあるが、死の世界が剥き出しになっている。
この本はTVの放送内容を本にしたもので、TVの映像を切り取った写真と文章を中心に構成されている。
実は数年前に、この番組をみていたのである。本を読み終わってから思い出したのだから自分でも呆れてしまった。
早く読めたのも、その下地があったからである。
ー著書もTVも、「NHKスペシャル アジア古都物語」―ベナレス 生と死の聖地 ーである。
<その内容の一部を抜粋してみる>
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インド各地から遺体が運ばれてくるガンジス河中流域、ヒンドゥーの聖都ベナレスのレポートである。
その中で、ガンジス川で沐浴をする誰もが言う。「ベナレスで荼毘に付されれば必ず天界に行ける…」と。
全国から車やトラクターで運ばれてきた遺体は、路地を抜けるために屋根から降ろされ、人びとの手によって
担がれ火葬場へと向かう。「ラーム・ナーム・サティヤ・へー、ラーム・ナーム・サティヤ・ヘー」
(神様だけが真実である、神様だけが真実である…)担ぎ手たちはこの言葉を繰り返し口にする。
こうして冥福を祈られながら、やがて遺体はマニカルニカー・ガートと呼ばれる火葬場に到着する。
聖地ベナレスでもっとも聖なる場所の一つであるマニカルニカー・ガートはガンジス河をのぞみ、街の中心部に位置する。
その歴史は数千年におよぶと伝えられている。河に面して横長に伸び、その広さは五十mx二十mほどであろうか。
焼き場は何もないスペースがあるだけで、多い時にはここで十数体の遺体がいちどきに焼かれる。
ベナレスには二つの有名な火葬場があり、
・一つは街の南にあるハリシュチャンドラ・ガートという火葬場で、
・もう一つが、ガートが連なる河岸のちょうど真中あたりに位置する、このマニカルニカー・ガートである。
運び込まれてきた遺体は、まず、火葬場の中ほどにあるガンジス河へとつながる階段を下り、ガンジスの水に浸される。
そして組み上げられた薪の上に安置され、そのたび油が注がれる。茶毘は伝統的な方法で行われる。
亡くなった人にもっとも近い親族の男性が喪主を務め、基本的に女性は火葬場に立ち入ることはできない。
(字数の関係で中間カット 09年08月15日)
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以上のような文章と、写真が半々位で本が成り立っている。
しかし、読んでいても暗さがない。いや、あるが、その先に明るさを感じるのである。
の写真に死ぬ直前の人や、死んだ人の顔が次から次と出てきても、何故か静かに見ることができるのである。
死を、ことさら大げさに見ることの方が寧ろおかしいのである。 ーつづく
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2006年08月15日(火)
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08月15日(日)
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