ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[395149hit]

■3404, この国の終わり
私は外国のお城の牢獄に行くと、必ずといってよいほど変になる。何か寒気を感じた後の15分ほどでアッきた、という感覚である。
それも急性とくるから、大変である。 石牢の冷たさと自己暗示もあるのだろうが。イスラエルの城で、
スイスのレマン湖の岸辺の城で、オーストリアの城で、書けばきりがない。 
ツアーといえども、外国は非日常である。 トラブルの全てが出る。秘境ほど。だから行くのである。
 ・・・・・・・・
2664, インドの女盗賊プーラン
 2008年07月21日(月)
 図書館で見つけた、「インド盗賊の女王・プラン・デヴィの真実」に、一人の女性の壮絶な人生があった。
彼女の語った世界には尋常ならざる悲惨な現実が次から次へと出てくる。NHKスペシャルで昨夜もインドをシリーズで取り上げていた。   
グローバル化とは、こういう異質な国とも垣根が無くなるということだ。
 ーあるブログに、この本の簡約した内容があったので、まずはそれをコピーしてみるー
プーランは、1994年、仮釈放となりこの自伝の口述を行った時には、読み書きができない状態、彼女の手記は口述であった。
 カーストは、絶対的神の前に、下層部が上層部にへりくだる事や、自分より更なる下層に倣岸に振舞うことによって維持されている
だけではなく、上層に対する打破不可能な絶望感の前で、同一カースト内部のより弱者をいけにえとすることによって、
欺瞞的に延命を画策する、集団的かつ日常的なテロリズムを蔓延化させている。 
アチュート(不可触民)のマッラ階級に生まれたプーランとその家族が、同じ階級のそれも叔父の家族に徹底的にいたぶられる
ことから悲劇の幕が開けられる。 貧困さゆえに、11歳で既婚暦のある20歳年上の農民との婚姻、日々の重労働と性的暴力。
それからの逃避、結婚して戻ってきた娘プーランとその家族に対する帰省後の郷里の村八分。半ば公然と(家族の前でさえ)
行われる性的暴力。 かくて、救いのヒンヅーの女神は現れることなく、いとこから、盗賊団(ダコイット)の汚名を着せられ、
最初の収監。収容所での地方官憲の更なる集団暴行。その後、曲折を経ての帰省後、今度は、そのいとこから依頼された
盗賊団に誘拐される。 ダコイット内部でさえ、構成される盗賊の階級によって分化が促される。 誘拐したダコイットの
一方の、同一階級のリーダーに愛されることによってプーランはそこで初めて心の安らぎを瞬時的に与えられる。
だがそれも束の間、愛する人は、ダコイットの他方の、より上位階級に属するリーダーの裏切りによって殺される。
これまでに蓄積された怯えと悲しみが、ここで一挙に憎しみとなって暴発していく様が描かれていく。
彼女はもはや自ら「盗賊の女王」と名乗り、復讐と、貧民への施しのための誘拐、襲撃、簒奪をいとわない。
この著作は、その後、プーランが司法取引をし、刑務所に収監され、何年かの歳月を過ごすところで終わる。
プーランが収監された1983年は、奇しくもリチャード・アッテンボローが『ガンジー』でアカデミー賞を受賞
(オスカーは、E.T)した年でもあった。 プーラン・デヴィがその後、1996年元女盗賊として、インド総選挙に出馬、
当選、その後落選、サマジャワディ党に所属し、社会活動にいそしんでいたが、2001年12月、暗殺された模様である。
 ---
 以上だが、読んでいるだけで身もよだつ内容が次から次へと出てくる。
確かに、日本にも格差社会があるが、3000年以上かけての格差社会とは、レベルが違う。
平等?そんなのは建前! 何を綺麗ごとを言っているのか! が人間社会の実態という事実を見せつけられた本である。
・・・・・・・・・
2007年07月21日(土)
 2300, また地震!どうなっている?まったく! ー4
 ー中越地震と中越沖地震の意味することー
 この二つの地震が地元新潟にとって大事件ということは、今更だが、二回たて続きに重なったことと、
 原発が活断層の真上にあり、直下型だったことは、重大な事態である!
 まず中越地震と中越沖地震の違いは何か? 私の主観で考えてみる。

[5]続きを読む

07月21日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る