ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3381, 今年、半年の出来事
 明治29年に亡くなった父の姉のヒサ 42年に亡くなったフミの名前がある。
 そうこう考えると仏壇を守る立場として、自分の戒名を勝手に付けて良いものか、疑問もある。
 下手をすると罰当たりになるか?  それぞれの命日には、心を込めて般若心経をあげないと・・・。
 ところで両親を除くと、誰も彼も私より年齢が下である。父親は「先祖供養だけは、しっかりしておけ」が口癖だった。
 ところで自分で考えるのが面倒? なら、 俗名を○と×のところに入れておけばよい。
 たとえば、著者のように。 面白みはないが。 あの世の名前も、事前につけておくのもオツである。   合掌!
・・・・・・・・・
2642, 郵便ポストが赤いのも、みんな娑婆が悪いのよ!
2008年06月28日(土)
昨日の産経新聞の一面のコラム、
 曽野綾子の「小さな親切、大きなお世話」
   ー弱点を武器にする弱者たちー  が、的を得た論評であった。
ー要旨といえばー
秋葉の男を通した、現代の腑抜けの若者と負け組みと称して何もしない人たちへの批判である。
戦後教育の最悪の集大成が秋葉無差別殺人である。曽野綾子は、彼は弱点を武器にする弱者でしかない、と批判。
短大を出た環境に育ったこと、派遣会社でも勤めることができること、五体満足の体と健康があること、
それだけで充分という。 アフリカや南米の貧困層と比べれば、全く恵まれている。
それを「負け組」意識、弱者の僻みで根が歪んでしまっていると指摘する。
彼らは「弱者は弱い」のだから、援助しろ、イタワルのが当然という、開き直りを武器にしている、と。
 − 以上だが、
 団塊ジュニアの弱者の事例が周辺に幾らでも転がっている。彼らは、それなりの間接的な脅しをしてくる。
「死ぬしかない!」とか、「弱者になっていまったのは親や社会の責任だ」とか。時代が下降すると、頭と尻尾が腐るというが。 
何が平和憲法か、笑わせる。アメリカの去勢をモクロンダ枠組をそのまま大事にして、この様である。 
この事件は序曲でしかない。 彼女の最後の閉めの言葉
「戦後の日本は心身を強くすることは軍事力の象徴で平和の敵とみなしてきたが、それは間違いだ。
 強くなって耐える力を持ち、自発的に不運な人のために金か労力か、心か時間を差し出せる人を
 目的に教育すべきである」が、教育の背骨になければならない。
「郵便ポストが赤いのも、電信柱が高いのも、みんなアナタが悪いのよ!娑婆娑婆 」ではね?。
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2007年06月28日(木)
2277, あと半年の命!と告げられた人の言葉  ー1
   
何げなく読んだ言葉の重みに、すくんでしまった。その一言一言の重みと、末期ガンと宣告された経験者しか知らない、
虚空を目の前にした不思議な体験の言葉。 ノンフィクション作家の柳原和子の「からっぽの演出と装置」の文章。
ーー
三年半前、医療から末期を告げられました。なぜか今も生存しています。告知された私が三年半かけて自覚したのは、
告知人が医師であれ、占い師であれ、裁判官であれ、死の期限を切られると人は(わたしは)
「その言葉にとことん支配されてしまう、修正がきかない、」という他人からみれば愚かしいまでの単純な事実でした。
実のところ死は虚構です。誰ひとり体験し、蘇り、それを聞かせたり、した人は一人もいません。
にもかかわらず、誰もが死を語ります。その殆どは身内や友人の死の目撃談、または別離でしかありません。
死そのものではありません。当事者がいないのに目撃者だけがいる。画像に映り込んだ数えきれない幾つもの黒い影を
論拠として提示されながら、「あと半年の確実な死」を告げられるのはかって経験したことのない不思議な体験でした。
  ・・・・中略
死は誰にとっても永遠なる闇の空洞です。しかも空洞の大きさ、質感、彩りなど知りうるすべてが捉えきれないがゆえに
言いしれぬ恐怖を誘います。想像力のなかに位置するブラックホールとでも言いえるかも知れません。
「あなたは6ヶ月後にそこに入っていくのです、」との告知は不思議でした。震えながら、ひとり、を実感しました。

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06月28日(月)
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