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堀井On-Line
by horii86
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■3291, 人みな骨になるならば ー7
コーヒーは本当に難しい。一杯ずつ丁寧に出せば時間とコストがかかるし、つくり置きは直ぐに劣化する。
当方もUCCから自動マシーンを入れてから、客の苦情の心配が無くなった。
私の知人がコーヒーの専門店を開いた時のこと。 広告代理店の営業担当で20年以上の付き合いがあった人である。
会社の副支配人が同行したが、彼は元コックなど料理関係のプロ。 帰りの車で彼いわく、「あの人は素人の域を出てない。
コーヒー専門店にかかわらず、他の客が来た時に駐車場の案内のために場を外した。それも一番、微妙なタイミングに。
あの時は、コーヒーを出した後に自分が車を持っていくべきだ」という。なるほど、奥行きが深い世界である。
事務所の前のコーヒー専門店にランチを週一ぐらい行くが、2〜3回、ぬるめのコーヒーを出したことがあった。
客は、普段の美味しいコーヒーより、それを憶えているもの。私が新潟で、この事業をしようと思い立った時に、
オークラホテルに人材派遣をしている会社の二代目専務を紹介された。オークラに訪ねて会って話していると、
のっけからド素人がと小ばかにした態度。それはそれで、仕方がないが、一つだけ驚いたことがあった。
2Fのレストランでコーヒーを飲んだが、少しヌルイコーヒーだった。ところが、コーヒーを出した担当を呼び出して
大声で叱咤したのには驚いた。「こんなコーヒーを出しているのか」と。今から考えると、素人がホテルを立ち上げる
ことなど無謀と間接的に教えてくれたのである。当初は、宿泊より飲食部門に全エネルギーが入ってしまった。
当時は、飲食部門をホテルの「村の鎮守様」に位置づけていた。 守り本尊である。
レストランでは、コーヒーが命である。だから思わず「とんでもないことだよ」と言ってしまったのである。
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2552, アランの幸福論
2008年03月30日(日)
「幸福論」は、古典的に読み継がれているのが、ヒルティ、ラッセル、そしてアランがある。
この3つは世界の三大幸福論と言われている。 アランは、19世紀から20世紀にかけて活躍したフランスの哲学者。
1906年のはじめ、アランは地方紙に、毎日原稿用紙2枚程度の短い文章を書きつづけ、このコラムは
「あるノルマンディー人のプロポ」という見出しで、第一次大戦が勃発する1914年までにこうしたプロポを3078編、
さらに大戦後に約2000編を新聞や雑誌に書けた。 健全な身体によって心の平静を得ることを強調。全の不運や
つまらぬ物事に対して上機嫌にふるまうこと。 また社会的礼節の重要性を説く。
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「幸福であることは他人に対する義務である」「私たちが自分を愛してくれる人のためになしうる最善のことは、
自分が幸福になることである」「望んでいることはすべて、人を待っている山と同じ。自らよじ登っていかなければ
ならないのだ」「上機嫌療法を行うと、物事を気持ちの良いシャワーのように受け流し、筋肉をのばししなやかにし、
食欲がすすみ、気分がさばさばして、生命が元気づく。」「もし道徳論を書かねばならなくなったら、私は、
上機嫌を第一位におくだろう」「新年の贈りもので私がお勧めしたいのが、上機嫌である。これこそ、贈ったり、
貰ったりすべきものだろう。何よりもまず贈り主を豊かにする真の礼儀である。これこそ、交換によって増大する宝物である。
あなたがどこへ投げ捨てても、それは芽を出し、花を開くだろう」「運命は不変ではない。指をパチンと鳴らした瞬間にも、
新しい世界が生まれているのだ」「嘆きも悲しみも、鳥と同じ。ひょいと留まっては、飛びさっていく」
「まず自分がほほえまなくて、誰がほほえむのか」「私は投獄されれば、毎日たった一人で笑うことを健康法とするだろう」
「幸せとは、すべてが満たされている状態ではなく、多少の満たされない部分があり、それを追求するところに幸せがある」
「体操と音楽とがプラトンの二大療法であった 」「深い悲しみは肉体の病的状態の結果である」
「うつ病者は、グルメのように自分の悲しみの味をかみしめてばかりいる」
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03月30日(火)
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