ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3268, 哲学者は神について、どのように語ったか ー4
先日も『人間魔界図鑑』を借りて読んだが、著作群の中からの警句やアフォリズムなどを一冊にまとめたもので読みやすい。
手元に置いておきたい本と判断し、アマゾンの中古本を注文することにした。
以下の文章は 「人生(時間)のセイムスケール」というHPの中の山田風太郎のアフォリズムなどを抜粋コピーしたもの。
 −−−−
★「神は人間を、賢愚において不平等に生み、善悪において不公平に殺す」
★「我が命は地球より重い。他人の命は犬より軽い」
★「人は生まれ、苦しんで死ぬ。人生の要点はそれでつきている」
★「みんないう。いつか死ぬことはわかっている。しかし、「今」死にたくないのだ」
★「---いろいろあったが、死んでみりゃ、なんてこった、
 はじめから居なかったのとおんなじじゃないか、みなの衆」
★「死が生にいう。〈おれはお前がわかっている。しかし、お前にはおれがわかっていない〉」
★「死の瞬間に何人も悟るだろう。--人生の目的なるものが、いかにばかばかしいことであったかを」
★「生きながらそれは、多少ともすでに神曲地獄篇の相を帯びている」
★「いかなる人間も臨終前に臨終の心象を知ることができない。
 いかなる人間も臨終後に臨終の心象を語ることができない。何という絶対的聖域」
★「生は有限の道づれ旅 死は無限のひとり旅」
★「幸福の姿は一つだが、不幸のかたちはさまざまだ、とトルストイはいった。
  同じように、人は、生まれてくる姿は一つだが、死んでゆくかたちは さまざまである」
★「女ほど世にも尊きものはなし、釈迦も孔子もひょこひょこと生む」(「お血脈」という落語のなかの狂歌)
★「死をはじめて想う。それを青春という。
★「人間は正視することの出来ないものが二つある。太陽と死だ」(ラ・ロシェフーコー)
★「同じ夜に何千人死のうと、人はひとりで死んでゆく」
★「人は死んで三日たてば、三百年前に死んだのと同然になる」
★「臨終の人間〈ああ、神も仏も無いものか?〉。神仏〈無い〉」
(字数の関係でカット 09年03月7日)
 ーー
 次回は、『人間魔界図鑑』の中の面白そうなところを抜粋してみる。
後記)また二年前の今日、山田風太郎のアフォリズムについて、書いてあった。
 偶然というより、必然か、ネタ切れか、同じことしか考えられないのか?
 その程度ということか? 死について心せよ!ということか!
 ・・・・・・・・・
2007年03月07日(水) 2164, 宮城まり子
                  (~Q~;)  おはよう〜〜 サム!
3月の日経新聞の「私の履歴書」は、「ねむの木学園」園長の宮城まり子である。まだ6回目だが、なかなか面白い。
 宮城まり子といえば私の小学校の頃から映画などに出ていたが、甘っ2007たるい声が印象的であった。
その後、芸能界をやめて「ねむの木学園」を開いた。もう二十年前のことになるが、TVでその
  「ねむの木学園」を放映した。 その時の子供の絵を見たときの衝撃は今でもハッキリと憶えている。
ピカソのような絵だが、絵から純粋な子供の心が直に伝わってきたからである。
役者をやめた後からも、人生の舞台の「役割り」を正直に生きている人である。
「人生を思いのまま生きている人がいる!」というのが当時の感想であった。
「私の履歴書」の一日目に書いてあった、学園を開設するにあたっての、愛人?の作家・吉行淳之介との3つの約束がよい。
1.愚痴はこぼさないこと。2.お金がないと言わないこと。3.君を信じてくる子のため、やめてはいけません。
その時、宮城まり子は「ハイ」と答えたという。 三回目の、彼女の母の教えの「感じたまま」の言葉が印象的である。
ーそこを抜粋してみるー
私は母と並んで絵を描くのが好きでした。小学校に入って間もない頃でした。
並んで描きながら私は母に聞きました。「お母さまはどうしてそんなに絵がうまいの?」すると母は
「まりちゃん、人の絵をうまいなどと思っていけません。人は人、自分は自分。自分の絵をお描きなさい。」
  と少し厳しい口調で言いました。

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03月07日(日)
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