ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3167, シュリーマンの話  ー4
でも何か、あの雰囲気は犯罪一歩手前の何かだった。 翌日のロンドンの現地日本人ガイドが、
「最終日の自由時間でピカデリー広場に行った時、集団スリに十分に気をつけてください。
彼らは、あらゆる手段で仕掛けてきます」と何度も念をおした。 その時に前日の出来事が何だったか気づいた。
一人がトイレに入ってきて私の背後にまわり、二人の近くに来たとき、奇声をあげて後ろを向けさせたのである。
次にマジックペンを握らせ、手の甲に勢いで書かせた瞬間に手を移動させシャツにマジックをつけさせて、
脅しをかけているうちに、背後から財布を抜き取る算段だったのだ。それなら、辻褄があう。
あの場合は、相手のペースに乗らないのは、経験上よく知っている。ミラノで家内がショッピングの時に、
広場をブラブラして鳩の群れを見ていた。 何時の間にか若い男が横にいて、トウモロコシの豆をスッと突き出してきた。
アワヤ手に取りそうになったが、手を引いて、その場を移動した。そして、他の場所から男を何気なく見ていると、
他の観光客に同じようなことをしていた。初めは手に取ったときに一ユーロ位を要求するタカリだろうと思ったが、
後ろに仲間がいた。トラブルを起こしている間に財布を抜き取ろうというのだ。 しかし、瞬間に、その人も手を引いたので、
スリの現場を見れなかったが。家内はスイスのユングフラッホで、財布を全く気づかずに摺られたことがあったが・・・

・・・・・・・・・
2007年12月06日(木)
2437, ファッションを哲学する
                       ヾ(≧∇≦*)ゝおはよんよん♪
 哲学者の鷲田精一の「ファッション」論が面白い。人は、とりわけ女性はファッションに多くの金をつぎ込むが、
 その割りには「ファッションとは何か?」を哲学者も社会学者も取りあげない。鷲田は哲学仲間から呆れられながら考察する。 
 言葉と衣服は似ているのである。ファション衣服は何ぞや?を、考える前に衣料とは何ぞや?を取上げる。
 「なぜ服を着るのか」「なぜその服でなければならないのか」を考え、ファッションを通じて、「私」や
 「私の身体」について考察する。「ファッションはいつも愉しいが、ときどき、それが涙に見えることがある。」
 という彼の言葉は痛烈である。  更に、そもそも人は何のために服で体を隠すのか?
 隠すべきものの実体は?等々、身体論を含めてわかりやすく説いている。
   −−−
ー彼の論を簡潔にまとめるとー
・まず人は「らしい服をまとって人は『だれか』になる」という。警官は警官の制服、そして兵隊は軍服、
 そして消防士は消防服をきて、制服の中味になっていく。 社会的なコードとして一番わかりやすい。
・ファッションは社会の生きた皮膚として端的な表現をする。
 流行の服を着るということは、過去を捨て、未来のことも考慮に入れず、まさに現在だけを考えるということ。
 流行の服を追う事というのは、今を生きるということでもあるし、刹那的でもある。
・身近で加速するハイブリッド現象と捉えることができる。
 Tシャツであれ、ジーンズであり、衣服は国境や、民族文化の境界をやすやすと越えて浸透していく。 
 哲学者や社会学者が異文化理解の可能性を説いている間にも、ファッションは確実に文化のハイブリッド化を加速する。
 カルチャーとサブカルチャーが世界を激しく横断する。
ー印象に残った部分を抜粋してみるー
 そういう虚ろな<像>を補強するために、われわれは他者とともに安定した<像>の様式をスタンダードとして作りあげ、
 それにしたがって自己のイメージを構成したり、ときには取り繕ったり、偽装したりもする。
 それをさしてロラン・バルトは、「モードは人間の意識にとってもっとも重大な主題(《わたしはだれか?》)
 と遊んでいる」と言ったのである。男性らしい服、子どもらしい服、会社員らしい服、喪の服……をまといながら、
 ひとは社会のなかで「だれか」になっていくのである。ひとが自分の身体的存在をイメージするときのその回路を、

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12月06日(日)
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