ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3132, 生きる幻想 死ぬ幻想  ー6
   こういう場所にいても、みなさんが生きている人間に見えなかったり、それからこういうふうに手を振っても、
   本当に自分が手を動かしているのかわからない。すっこい苦しいけど、誰もわかってくれない。
   自殺する人も多いんですけれど。でも外見はふつうで、ちょっと見てもわからない。
   そういう離人症になられた人が、自分が現実感覚がないのをなんとかしたいと思うから、人と接近するわけね。
   その人、きれいな女の人やったから、恋人がいっぱいできて、また、いっぺんに二人も三人もつくったらしいから、
   恋人同士が殴り合いしたり、劇的なことが周りでいっぱい起こっているんだけれど、その人は全然、劇の外にいるわけです。
   そうでしょう、現実を生きてないわけだから。 その入が、あちこちのセラピストのところに行ってみても、
   どうしてもうまくいかない。何入かのあとで、私のところにこられた。 私のところにこられて、治るまで五年ぐらい
   かかったんですよね。「本当にありがとうございます」とお礼をいわれたときの言葉がおもしろいんですよ。
   「いちばん初め・先生に会ったときに、この先生で自分は治ると思った」
   「どうしてですか」 「いままでの先生と全然違った」 「どう違った?」
   「私が部屋に入ってきたとき、先生は、私の顔にも服装にも、全然関心を示されなかった」
   というのは、ものすごく美人ですから。服もきれいなのを着ておられるんだけれど、その服も見てないし、顔も見てない。
   おそらく、二日後に道で会っても絶対わからないだろうと思うぐらい、なにも見ておられなかった、と。
   「ああ、そうですか」「それだけじゃありません。先生は私の話の内容に、全然、注意しておられませんでした」(笑)
   「僕、何をしてましたか」 「何をしておられたかというのは、すごくむずかしいんだけれども、あえていうなら、
   もし人間に『魂』というものがあるとしたら、そこだけ見ておられました……」
   −−−−
   解) 魂、とは何かを、ここで大きなヒントを感じ取ることが出来る。 心、こころ、魂。 産まれ、生き、死ぬ。
    そして死んだ後も、何かしら続いていく生存中のエネルギーの痕跡が‘魂’ということ。 
     《ナショナルというブランドに松下幸之助の魂が入っているとか・・・》それも、これも宇宙の藻屑だが。
    二十数年前に、ある本で<正中心一点無>という言葉を知った。 中心を外さない、と同じ意味だろう。

・・・・・・・・・
2007年11月01日(木)
2403, 恩送り
             (゚▽゚*)♪  ('-'*)オハヨ♪
 ある本に「恩送り」という言葉があった。よい言葉である。もともと江戸時代にあった言葉で儒教的、仏教的な味わいがある。
 それが明治以降西欧的な考え方が入り、死語になってしまった。親が子供にしてやったことは、子供もまた順繰りに子
 孫代々受け継いでいくもの。それが血統であり家系として引き継がれていくものである。最近は「家」そのものが崩壊傾向にあり、
 個人に重きを置くようになったが、それでも個人として「恩送り」を必要ということである。
  最近「Web 2・0」で、情報公開が大きな流れになっているが、これも類似したものである。
  ー電子辞書のウキィペディアによるとー
「恩送り」をとは、自分が誰かから受けた親切・善意・思いやりなどを、与えてくれた人へ直接返すかわりに、別の、
必要としている人達に送る事である。又、それにより善意が社会を巡り、様々な善き連鎖が社会全体へと広がってゆく事も指す。
これに似た言葉として、「恩返し」があるが、それは字の通り恩を受けた人に直接に恩を返すことが、
これだと二人の閉鎖的な関係で終わるが、「恩送り」という考え方・実践ならば、返す相手が限定されていないので、
親切を送り出す相手や、親切の内容は、自在に無理なく選ぶ事が出来る。従って比較的短い期間・時間の間に、
具体的に親切をこの世に"現実化"させる事が出来る。 人々が「恩返し」にこだわらず「恩送り」も選択肢とする事で、

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11月01日(日)
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