ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3122, 生きる幻想 死ぬ幻想  ー3
 アカデミーが南部陽一郎、小林誠、益川敏英の3氏の日本人に2008年のノーベル物理学賞を授与すると発表し、
翌日には同化学賞を下村脩氏に贈ると発表した。日本人がノーベル賞を受賞するのは、2002年の田中耕一氏(化学賞)と
小柴昌俊氏(物理学賞)以来6年ぶりで、同じ分野の賞を3人で共同受賞するのは初の快挙である。
この結果、自然科学系のノーベル賞を受賞した日本人は13人となった。
今回の快挙を含めて、最近ノーベル賞での日本人の進出が目立つ。 化学賞は2000年から白川英樹、野依良治、田中耕一
の3氏が3年連続で受賞しているから、下村脩氏で4人目となる。
物理学賞についても小柴昌俊氏と今回の3氏を合わせると4人が受賞。9年間で8人の日本人科学者が受賞したことになる。
 1901年に創設されたノーベル賞を20世紀に受賞した日本人科学者は物理学賞が湯川秀樹、朝永振一郎、江崎玲於奈の3氏、
化学賞は福井謙一氏と白川英樹氏、医学・生理学賞が利根川進氏の計6人だった。
 (以下、字数の関係でカット2009年10月22日)
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2007年10月22日(月)
2393, 恥はかかせろ、いじめはなくすな

戸塚宏が、「新潮45」6月号に寄稿していた文章が考えさせられた。
彼は自分の戸塚ヨットスクールで、生徒を何人か死なせた責任で6年の実刑を終えて、
再びヨットスクールで指導をしている。石原慎太郎も弁護者で彼を支持している。
 ーまず彼の論の概要をまとめてみるー
  *力は悪か、いや善である。
・6年経って出所して、子供たちは良くなったかといえば、ますますオカシクなっている。
 生気がなくなり、得体の知れない無力感を漂わせ、一方で些細なことで直ぐに自殺する子供が増えている。
・暴れる子供はまだよいが、無気力で何も行動を起こさない子供は直しにくいし、完全に直らない。 
 登校拒否とか、引きこもりやニートといった、社会に反発する力のない子供たち。彼らは幸福を感じる能力もないし、
 幸福になろうと行動もしない。人類始まって以来の、最も奇妙な生きものが出来上がってしまった。
・明らかに戦後教育が間違っていた。戦後教育は「力は悪なり」と教え込んでいた。教育者も親も、その信者で子供を
 強くすることは悪だと思い込んでいた。 そして子供たちを弱く弱く育ててきた。しかし、力は善に決まっている。
 弱ければ役に立たない。海で溺れている子供を、腕におぼえのある人が助けて、子供は一命を取りとめることができる。 
 力があればこそ助けられるのである。 強いからこそ、行動ができるのである。 
 それをどこで、どう間違ったのか、「悪」としてきたのが、戦後教育なのだ。
・子供を教育するに当たって、「褒めて育てる」ということがまかり通っている。
 「叱るより褒める方が正しい」と親も先生も思い込んでいる。だが「褒めるより叱る方が正しい」に決まっている。 
 褒めて褒めて、みんな駄目にしてきたのである。 叱ることを、罰のひとつとしてみよう。 罰は世界中にある。
 だから人間の本能である。 本能は種族保存を目的としているから善、当然、罰は善である。
 駄目な奴、失敗した奴を罰しようというのは、善なる目的を持っている。 それは、 相手の進歩でもある。 
 罰は相手のためを思ってやることなのだ。叱ることも同様で、相手を考えて叱ってやるのだ。
・いまは何でも気に入らないこと悪いことは人のせいにするような若者が増えている。自分が幸福でないのは、あいつが悪い、
 社会が悪いという具合に。自分の責任を棚上げしてしまう。だから自分の責任として考えなければ、その人の責任はない。
・叱って、自分のやったことは自分の責任だと、その責任を明確にしてやる。
 そうして初めて己がよくわかるものなのだ。 自分より上の人がわかってくる。
 そうするとそこに出てくるものは何か。 恥である。恥は怒りを導き、人間を進歩させようとする意志と行動を生む。
 つまり、恥をかく能力は自分を進歩させる能力なのだ。だから私はいつも、いかに恥を出してやるか、に心を砕いている。
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10月22日(木)
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