ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2860, 若者たちは今
 故・内山由蔵さんの長男の喪主の挨拶の中の一節に興味をひかれた。
ー 危篤になったが持ち直し、‘しばらくは大丈夫だろう’と、住居のある仙台に帰ろうと新潟あたりに来たとき、
今まで見たことのないような奇麗な虹が出た。「父に急変が起きたのでは」と思ったとき携帯電話が鳴り
再び危険状態になったという連絡が入った。そして急遽Uターンをして長岡に近づいた時、
燃えるような夕陽が輝いていた。この時、「ああもう駄目だ」と思った。
そして着くのを待つようにして、間もなく亡くなってしまった。という内容であった。
 私自身も何度も親戚の葬式の後に、奇麗な虹と遭遇している。
とくに義父の亡くなった時のこと、葬式帰りの峠で7回も虹が次から次へと出て、
その下を車で通り抜けた経験がある。何か異次元の不思議な感覚であった。
涙雨とか、雷鳴とか、その人により色々な自然現象がおこるようだ。
霊魂が死後35日から49日の間に、次の世に通じる六本の道路の内の一本を選ぶ最も大切な
宗教的儀式の日を「七七日」という。よく、葬式の読経のあと「七七日法要」を引き続きやります
と言って、さらに有難そうな読経をあげるが・・。
死者は七色に輝く一番まぶしい光の出ている道路が極楽に通じていて、そこを通って浄土にいく。
虹が人の死後によく現れる現象は、「故人がこの道路の近くにいますよ、というサインを
身近の人に見せようとしているのではないか?」と、思えば、ファンタジーな気持ちになる。
ところで十年位前のことになるが、会社に勤めていた人の両親が一日違いでたて続きに亡くなり、
二人一緒の葬式に参列したことがあった。事故とか心中ではなく、母親が夫の死を待つようにして亡くなった。
正視できない!とは、こういうこと。 葬式にまつわるドラマは色いろある。
「お葬式」という映画もあった。伊丹十三が妻・宮本信子の父親の葬式で喪主となった実体験をもとに、
わずか一週間でシナリオを書き上げ、日本アカデミー賞をとったもので、赤裸々な人間関係を面白おかしく表現していた。
葬式という一見暗いタイトルにもかかわらず作中には笑いが溢れており、そのギャップが何とも印象に残っている。
それと、どぎつい性描写も。
                                (o ・д・)ツ  バイ!
・・・・・・・
2006年02月02日(木)
1766, こころの羅針盤(コンパス) −1
         才ノヽヨーφ(・ω・`)  −読書日記

三十篇の文章を、どれを読んでも深い心の世界に引き込まれる。
「私たちは羅針盤の針にしたがって航海しているわけではない。行くべき場所へむかうために羅針盤を用いるだけだ。」
という言葉一つ捉えても、ハッとする内容が次から次へと出てくる。その幾つかを抜粋してみる。 
                                    (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが?
まずは「こころの震えを感じるとき ─まえがきに代えて─   五木寛之
 ・・
「人生いろいろ」という歌があったが、こころ模様もいろいろである。
「こころの羅針盤」というタイトルヘの感想もまた、各人各様だろう。
「こころ」という言い方がなあ、と苦笑する人もいるだろうし、「こころ」に羅針盤なんていらねえよ、と、
 そっぽを向く人もいるにちがいない。 しかし、本のタイトルなど、本当はどうでもいい事なのだ。
「題名いろいろ」と、歌いとばしてもらっても一向にかまわない。とりあえずここにギュウギュウづめになっている
 三十篇の文章を、どこからでもいい、パッとぺージを開いたところから読みはじめてごらんなさい。
「人間いろいろ」「文章もいろいろ」、こんなに各人各様でいいのかしら、と、あっけにとられる位に個性的な
 書き手のオンパレードである。 声に出して笑ったり、ため息をついたり、なるほどなあとうなづいたりと、
 私自身、人生を三十回生きたような感じがした。 才気あり、含蓄あり、厭味あり、教養あり、風格ありと、
 活字を読む楽しみこの一冊につきると言えば、いささか香具師の口上めいてくる。

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02月02日(月)
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