ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2842, つれづれなるままに -63歳か〜 ・・・
 それもこれも、宇宙の彼方からみれば、この62年の経験は、砂?塵?原子?でしかないが。

その時々に、その時々の気持ちを書き残した痕跡は、自分の宝物になる。
全く同じ言葉でも、その時のメルクマールになるのである。要するに時間が縦として記録されているのである。
それが如何した?というが、それが如何もしようがしまいが、良いのである。人生は生きていくだけで大事業である。
どんな大事業より価値がある。その当たり前のことが、解らないから平気で道を誤ってしまうのである。

 今日は毎月の飲み会! 外で飲む理由がたつので、丁度良い?歳月、人を待たず! か〜。 
 ただ、一日一日は充実をしている。
                    (σ・з・)σホンジャ!
ーーーーーーー
2007年01月15日(月)
2113, あ〜もう、誕生日か〜                  ●        
        61歳ですか  お陰さまで ○‖=‖_有難うございます!
                      (; ̄ー ̄A アセアセ・・・
例年、誕生日にほぼ、誕生日の実感を書いていた。それを忘れていて、前の同日分を貼り付けようとして思い出し急遽、
これを書き出した次第である。それにしても過去分の「誕生の実感」を読み返してみるのも楽しいものだ。
他人の誕生日は『ああそうか!』ぐらいしか思わないが、自分は感慨が深い?読み返すと、それがよく解る。
61歳?自分が自分でないような,認めたくないというより信じられないのが実感だ。
この歳には、もっと老成していると思いきや、とんでもない!気持ちがドンドン若くなっていくのだ。
それに加え、脳がアップスケールしていく。この随想日記を書き続けていることと、ネットサーフィンの効果もある。
それと、数年前から人や社会の見方が根底から変わってきた。情報の質・量が圧倒的に増えて、脳の基幹が
変わったこともあるが、人生の競馬でいう直線コーナーに入ったこともある。コペルニクス的な大転換である。
元々、世間・社会の価値を根こそぎ疑っていたが、それが更に転換した。
人間の見方を例にとると、人間の品性をまず見るようになった。
「国家の品格」という本がベストセラーになったが、人間の品位が年齢を重ねると、ますます見えるようになったきた。
そこで自分は品位はあるのだろうか?不安になってきた。いつも家内に『品が無い!』と言われ続けてきた。
私の両親は間違いなく品位があったが、私がどうだろうか?と。家内の両親も品位は充分あった。
じゃあ、どちらがあったかというと、まあここで書くことでないか! 明日にでも、「品位について」を書くが、
ある物指しからみて、何と信じられないことに、家内より私の方が品位が上?であった。その基準によるが、
「目先の現象や価値観に左右されない」のが品位というらしい。それも明日書くとして・・・

結局、人生はゆったりと豊かな気持ちで、感謝して生きていれば、それで充分ということだろう!
「で、どうした!」「61だと!」「で、」「今日は、のみに行こうか!」 結局、このあたりに話が収まる。
          ホンジャ 歳を忘れるなよ! (o ・д・)ツ  バイ!

・・・・・・・・
2006年01月15日(日)
1748, あ~あ60歳!
        オハヨ〜━ヾ(*´∀`*)ノ━☆
今日で60歳になってしまった。(*´ェ`*)w(⌒_⌒; タラタラ
                ´ヘ`;)エヘへ・              
前にも書いたが、60歳を大きな到達点として、それ以降の全て前倒してきた?
ので、感慨がことさら深い! 成人式と同じく還暦は大きな区切りになる。
昨日は兄にカウントダウン?の還暦祝いをしてもらった。明日は友人の数人にしてもらう。  
     ごきゅごきゅ(´c◇ゞぷはぁ(^o^)□ オリャ ∪ヽ(●-`Д´-)ノ彡☆ もっと酒持ッテコーイ!        
去年の中学校同期還暦の会で、定年間近の同級生が「人生60歳代が一番良いらしいな!」という言葉に『エッ!』と、

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01月15日(木)
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