ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2837, 「犬の時間」と「猫の時間」
ー団塊世代の大量退職とゾンビ化について
一昨日、NHKスペシャルで「団塊の世代」の大量定年を向かえるにあたり、意識調査をしていた。
途中からパソコンを打ち込みながら見ていたが、何かイマイチの番組であった。一年早く還暦をむかえたのでいえる。
第二次大戦後の時代の象徴が彼らだったが、第二の人生は厳しいだろう。
右倣えのマニュアル人間で、孤独、孤立の訓練の経験があまりに少なかったからだ。
「自由の恐ろしさ」と、「自由の不自由」を経験することになる。 これだけは訓練と経験を重ねるしかない。
彼らの一時収容所のようなサークルをTVなどで見かけたが、「ゾンビ化した集団」でしかなりえないのは、
少し理屈をこねれば解ること。 孤独にきらないで、徒党を組むからゾンビの集団になってしまう。
ゾンビは今さら他に当てがないから、そこに集まるしかないが・・・
*ここでいうゾンビとは「夢も魂も愛もなくした人間の抜け殻」をいう。
団塊の世代の中の生存競争で戦い、生きてきた人にとって一人で行動する訓練が必要になる。
そこで、まず独り遊びの訓練が入り口になる。独りでパソコン教室に行き、独りで飲みに行き、独りで図書館に行き、
独りで目星をつけた趣味ー茶道・絵画・作文教室などーの教室に行き、そこで自分の道を求めることが、まず第一歩。
説教にになってきたが・・準備をしてこなかったので、今さら無理?。
TV番組の中で電話インタビューを聞いていて、何か哀しくなってきた。仕方がないといえば仕方がないのだろうが・・
渥美清が、『何故、人は徒党を組んだり政治的になるのだろう?
孤立(孤独より具体的だが)しないと、人間は物ごとが見えてこない』と言っていたが。
それが以前にも書いたが、ゼロを基点とした孤独である。そこで非人称の自分と出会うところである。
一人称ー>私、
二人称ー>貴方、
三人称ー>彼ら・・・
非人称ー> それ以前の共通している意識ー能作
いちど、二人称、三人称を切り捨て、一人称と、さらに非人称のゼロ基点の自分に向きあわないで、
何で群れようとするのか?その群れには虚しさしか有りえないのに。
その虚しさが哀れということ。ゾンビ化した群れ、魂の無い集団の群れ!
ゾンビは群れないと息ができないのか。 直ぐに哲学的になってしまうが!
(^o^)dバイー♪
・・・・・・・・・
2006年01月10日(火)
1743, 全国高校サッカー選手権
(σ・Д・)σ ohayo~
ー全国高校サッカー選手権決勝戦・TV観戦記ー
昨日の高校サッカーの決勝戦が面白かった!サッカーの試合でこれだけ興奮してみたのは初めてといってよい。
〔もともとサッカーは地元のチームか、大試合の決勝戦位しかみないが〕
延長戦でのギリギリの攻防は見ていても手に汗を握る魂と魂のぶつかりあいの試合であった。
はじめは初優勝を目指している滋賀県の野州を応援していたが、途中から鹿実を含めて両者を応援してみるようになった。
最後には九州の鹿児島実業が勝つのだろうと思っていたが、野州が1―1の延長後半7分、中川からの右折り返しに
途中出場の滝川が決勝ゴールを決めた。 鹿児島実は史上9校目の2連覇を惜しくも逃した。
土俵際でウッチャリと小手投げでクルクル入れ替わる劇画のような試合内容であった。
ε=ε=((○`・v・)っ/キック!◎ヽ(●`・v・) /○◎●。゜。゜
高校生というより、プロの試合のようであった。これだけの技術をフルにつかっての攻防が高校生でも可能なのだ。
これはお互いの優勝への執念の結果であろう。 ( ´・ω・`)_且~~コーヒー イカガ?
七日の準決勝の野洲と、閉校瀬戸際?の多々良学園(山口)も見たが、これも大接戦であった。
シュート計33本を打ち合う攻め合いとなり、野洲が後半5分に楠神の右クロスを滝川が頭で決めて先制。
この1点を守り切った内容であった。この決勝でも技術を前面に押し出した野州のサッカーが、
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01月10日(土)
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