ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2797.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・6
ことになるように思う。 僕は日本の将来を悲観も楽観もしていない。 日本は世界屈指の豊かな国だ。
「職人国家」としてそれなりのステレータスを保っていけると思うから心配していない。
最近、円高を歓迎するようになったのは進歩だと思う。もっとも、軍事力も持たずに「金融立国」
の幻想を抱いている人は幻滅するかもしれないが……。

「履歴書」を書く機会を与えられ人生を振り返っても、僕の人生なんて波欄万丈には程遠く大したことはない。
改めて人生観を自問すれば、「人間は太古の昔から同じことを繰り返している動物」
ということだ。 人生は思った通りにならない。 それは残念なことだが、
だから人生は面白いのであり、結果的にハッピーなのではないか。
「人間三代でチャラ」とはよく言ったもので、いい事ばかりは続かないし、
悪い事ばかりも続かない。人間、何が幸せで何が不幸か、本当のところは分からない。
それもまた人生の面白いところだ。人間は変わらないが、世の中は変わる。
これが実感であり、不変の真理なのだと思う。・・・・
 −−−−
解)今年から5〜10年にかけて、歴史的にみて動乱期に入った!ということだ。
それと日本を「職人国家」という見方も面白い。今後のアメリカの没落は誰の目にも明らかなこと。
とすれば、アメリカの国債を半強制的に持たされた日本は、アルゼンチン並みへのプロセスに入るのは当然である。
                  (σ’д゜)バイ!
  ・・・・・・
  2006年12月01日(金)
 2068, あたりまえなことばかり −19
     (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん!

    哲学的にみると、トラウマ「心的外傷」に対して、
    心は物理的に存在していないのだから、外傷と言えないという。
    しかし深い悩みを持った人は、心を肉体に喩えると大きな傷を負っている。
    大きな傷として仮定して、その傷口を消毒し、外科的な手当てが必要である。
    それが精神科であり、セラピーの役割となる。それぞれの立場・見方も必要である。
    
    以前は、癒しなどの言葉は無かった。精神科があってもセラピーなどあったのだろか。
    手相などの占いが、昔流のセラピーの役割をしていたのだろう。
    私の場合の心の危機の場合、読書、音楽、ウォーキング、酒を飲んだり、このHPなど、癒しそのものである。
    最近は、これに早朝の曼荼羅モーニング・ページである。 それに毎朝の仏壇の前の祈りもある。
    ストレスなど溜まるわけがないが、それでも少しは溜まる。
    
   自分の連れ添いが自殺したり、子供が自分のミスで死んだりした時に、癒しなどという言葉は、
   あまりにも甘く聞こえてくる。自分で自分を救う以外ないだろうが、自分で自分を癒すなどできはしない。
   そう考えると、癒しとは「目先の心の傷を応急処理すること」ということになる。
   それも大事なことである。それをしなかった為、精神病になる糸口になるからである。
   まあ、この本の抜粋もなかなか面白いが・・・
   
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どうすれば癒されるのか  −@
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癒しは「ストレス発散」「コンプレックス解消」に比べると、具体性に欠ける。ストレス解消のためカラオケに行く。
コンプレックス解消のために化粧をするという具体性は無い。 何となくふわふわと浮わついた「雰囲気気」、
それが当の癒しであるとするならば何となく納得する。 だとしたら、癒されるべき傷などどこにも無かったか、
その程度のものである。具体的なものが見えないから、漠然とした物欲しげなそこへ、各種のグッズやセラピーが
商品として流通するという構図である。

    しかし、受動態「癒される」の主語あくまでも「自分」なのだから、主語を支点にこれを能動態に変換すれば、
   「自分が自分を癒す」になる。「癒し」とは、各種グッズやセラピーによって、自分で自分を癒す能動的行為
    であると言うこともできる。


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